男運は悪い通り越して最悪らしい。
とにかく帝人は駆け足一歩手前の速度で歩いていた。全ては帝人の隣をぴったりとくっついて離れない大人を振りきるために!
「ねーねー帝人くーん。そんなに急いでどこいくのー」
「臨也さんには関係ないでしょうというかいい大人が語尾を伸ばさないでくださいイタイですキモいですウザいです」
「太郎さんってば冷たい!」
「黙ってくださいネカマさん」
「冴え渡る毒舌っぷりだね!でもそんな帝人君が好きだよ、LOVE!」
無視だ無我だ空気になれ竜ヶ峰帝人。
「しかし歩くの早いね。競歩の選手でも目指してるのかい?それとも体力作り?なんだったら俺がいいスポーツ紹介してあげよっか?」
「(無視)」
「俺も楽しい、帝人君も気持ち良い。まさに一石二鳥な運動」
「(無視無視・・・・・・・・・・気持ち良い?)」
「毎日何時間でも付き合っちゃうよ!」
「(ものっそ嫌な予感)」
「なので俺とセック「それ以上言ったら静雄さんにリダイヤルします」・・・冗談でーす」
ほんとつれなーいと言いながらも、臨也は帝人の隣から離れない。何がしたいんだこの人はと帝人は歩きながら思う。出会いがしらに「君に興味がある」と告げられ、その翌日には校門に待ち伏せされた。事態が上手く掴めないまま振り回されて、気が付けば臨也を部屋に招き入れてしまっていた。そしたら今度は臨也のマンションに招待(と書いて拉致と読む)された。何度かそれが続いた後、さすがにやばい(貞操な意味で)と気付いた帝人は、縋る思いでセルティに相談したところ、平和島静雄を紹介された。それから静雄はすっかり帝人のセコムとなったのだ。
(ほんっとすみませんそしてありがとうございます静雄さん!)
多分彼が居なかったら、自分はとうの昔に折原臨也に食われていただろう。色んな意味で。静雄には感謝しても感謝しきれない帝人だが、それでも彼は社会人なのでこう毎回臨也に遭遇されるたびに呼ぶのは気が引ける。
(彼は遠慮なく呼べと言ってくれたが)
現に、静雄の名前を出すだけで、臨也はこうして引き下がる。
(すぐに復活するけれど)
帝人はもう一度何がしたいんだこの人と思って、そっと息を吐く。いつの間にか歩く速度はゆっくりになっていた。
「ていうかさ、帝人君のスカートの丈短くない?」
「・・・そうでしょうか。皆このぐらいですよ」
「でも帝人君が中学の時は膝ぐらいだったでしょ」
「そうなんですよ。だから僕も初めて制服着た時、採寸間違ったかと思って・・・・って何で知ってるんですか」
「ふふ、何ででしょう。ちなみにセーラー服だったんだよね」
「・・・・・・・・・・・・・・一応言っときます。犯罪です」
「セーラーな帝人君も見たかったなぁ。あ、そうだ!今度着てみてよ。制服ならこっちで用意するからさ!」
「会話してくださいウザヤさん」
「まあ、ブレザーでもセーラーでも帝人君は可愛いけどね!」
「―――ッ、」
帝人は思わず唇を噛む。口達者で嘘吐きで軽薄な男は、すぐにこんなことを言うから嫌いだ。幼馴染のせい(おかげ?)で口のまわる人間には慣れていると思っていたのに。
帝人はまた歩く速度が早める。男は変わらず付いてくる。何処まで?――考えるまでもない。帝人の家まで付いてくるのだ。そうして我がもの顔で帝人の部屋に入り、我がもの顔で夕飯を所望して、気が済んだら帰っていくのだ。
帝人の心を引っ掻きまわすだけ引っ掻いて。
(やっぱり静雄さん呼ぼうかな)
握り締めていた携帯を見る。すると携帯が帝人の視界から消えた。え、と帝人が声と共に視線を上げると、見慣れた携帯を手にして臨也が笑っていた。
「無粋だよ、帝人君。お邪魔虫を呼ぶなんてさ」
笑う顔に、帝人の背中がひやりと凍った。
何となくやばいかもと思う。
いつの間にか歩くのを止めた二人は向かい合う。
「帝人君もさ、あんまりつれないと危ないよ」
こくり、と息を呑む帝人を臨也は舐めるように見つめていた。
「せっかく眠らせている狼をわざわざ起こしたくないだろう?」
帝人は詰めていた息を吐いた。そして右手を臨也に差し出す。
「・・・携帯、返してください」
「ああ、ごめんごめん」
あっさりと返された携帯を掌に収めて、そして鞄の中に入れた。その動作を臨也は相変わらず笑顔で見ていた。そして、帝人の右手を左手で掬うように繋いで「さ、帰ろうか」と言った。帝人は僅かに瞼を伏せて、ただこくりと頷いた。
絡められた右手。
少しずつ少しずつ浸食されていく。
帝人は思った。
(嗚呼、悪い男に捕まった)
作品名:男運は悪い通り越して最悪らしい。 作家名:いの