狐の嫁入り
自分が顔を模す事を何の躊躇いも恐怖もなく受け入れてくれた、今自分と同じ顔をしているであろう雷蔵の顔を気付かれないようにこっそりと目だけで見上げる。きっと普段と同じような優しげな表情を浮かべているのだろうと軽く考えていた三郎の意に反して、雷蔵の眉間には深い皺が刻み込まれていた。
「どうしたんだい雷蔵!」
「ん?何がだい三郎」
「その眉間の皺さ、今度は何を悩み始めたんだ?」
「いや、悩んでいる訳じゃなくて…ほら」
「え?」
決してしなやかではない鮹や傷の残るその手が指し示したのははらはらと音もなく降り注ぐ雨だった。
真っ青な、抜けるほどに青く太陽の照り付ける空からは想像出来ないほど多量の静かな雨に三郎の目は大きく見開かれた。普段ならば雨など意識せずとも気付き雷蔵が濡れてしまう前に部屋へ入ろうと促していたはずなのに、と。そんな様子の三郎の作り物にしては柔らかい髪に指を通しつつ雷蔵は微笑んだ。
「普段ならお前から部屋へ入ろうと言ってくるのに、今日はどうしたんだろうと思ったのさ」
珍しい事もあるもんだ、だから天気雨なのかな、そんな暢気な声を耳にしながら三郎は雷蔵の腹へと強く腕を回し顔を埋めた。気付いた事によって意識が向くようになったのか、雷蔵の鼓動を聞いているはずなのにそれを邪魔するかのようにしとしと、はらはらと雨が土を叩く音が嫌が応にも三郎の鼓膜を震わせた。
少しの間甘やかな雷蔵の匂いを堪能して三郎は顔を上げた。そのまま膝からも身を起こし雷蔵の肩口へと凭れさせる。雨は弱まる気配を見せず、変わらない速度と変わらない量を保って降り注いでいるようだった。
こっそりと雷蔵の首筋に雷蔵の髪質を真似た鬘を擦り寄せた時、三郎はどこか遠くの方で狐が鳴いたような声を聞いたような気がした。