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あの家に帰ろう

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揺れるカーテンのひだの向こうから太陽は照る。
真白なシーツにそれが反射して、僕のブラウンの眼には酷く眩しい。自分の部屋に居るのであればすぐにでもシャットダウンしたはずの光。叶わないのはここが僕の部屋じゃないからだ。
部屋の主のトランクスくんは綺麗なラベンダーの髪をしている。瞳の色は明るいアズライト。夕暮れの空に混じるとそこに生まれる僅かな赤が、僕は好きだ。
トランクスくんのベッドは、部屋の真ん中に位置している。そしてそのベッドの頭上に大きな窓があり、そこで僕の眼を刺す光が産まれる。また静かな風が吹いて、カーテンは穏やかに靡く。

僕がこんな風にまじまじとトランクスくんの部屋の窓辺を見たのは、初めてかもしれない。なぜ僕に今そんな時間があるのかというと、まずトランクスくんの現在の状況を説明しなくてはならない。彼は今、ちょうど僕の反対側でベッドの淵に腰を下ろしている。反対側のベッドの淵に彼が居るという事は同時に僕が反対側のベッドの端に居る事を示す。丁度枕の所に、寝転がらずに胡坐をかいている。
そしてトランクスくんは折角遊びに来た僕と会話をしない。さっきから黙ったまま、部屋の壁を見ている。その壁は僕の方には無いから、彼には僕の姿が見えていない。僕から見えるのはベッドの淵に腰を下ろしたまま、向こうをむいているトランクスくんの背中だけだ。沈黙が続いたけれど、初夏の風が吹いて窓際の風鈴が幾度と無く鳴っていたから、それほど寂しい感じはしなかった。ただ僕はひたすらに揺れるカーテンを見たり、光に目を細めてみたりしながら、時折暇だなぁと思っていた。トランクスくんが黙り始めて一分ほど経った頃、ついに僕は痺れを切らしてその背中に手を伸ばす。

「トランクスくん。僕、暇だよ。」

肩に両手を置いていつもの様に揺すってみる。
その動作にようやくこちらを向いた彼の目は、自分の肩越しに僕を見ていた。その目は心なしかいつもよりくすんで見えて、僕は思わず口をつぐんでしまう。実を言うとこういう目の色をしたトランクスくんはちょっとだけ苦手だった。いつも僕には分からないことを言う時の目だ。…僕には分からないという言い方はちょっと違うかもしれない。トランクスくんが「"どうせ悟天には分からないよ。"と言いたそうなことを考えている時の目」だ。僕はそういう目をした彼を見ると、なんだか気まずくて黙ってしまう。
今日もまた例に漏れず気まずくなってしまい、一連の出来事を無かった事にしたくてそのままベッドに寝転んだ。カーテンの波を下から覗く世界はよりダイレクトに光が伝わって、とても眩しかった。

「ねえ、トランクスくん。僕は別に何も考えて無いよ。」

ああいった様子のトランクスくんが何を考えているのか、いつも僕には全く分からないけれど、そんな気まずくなった雰囲気を壊すのも僕の役目。そしてそんな時はこの台詞が一番良かった。なぜなら彼がああいった様子の場合は僕の思考について悩んでいるケースが多いから。今回もやはりその読みが正しかったらしく、ようやくトランクスくんは僕の方に向き直った。横たわっていたから顔は見えないけれど、彼の体だけが視界に入る。眩しさに目を瞑ると目の前には赤い世界が広がっている。トランクスくんの声が降ってきた。

「ごめん。俺、悟天のこと考えないで勝手に…悪かった。」

目を閉じたまま聞く彼の声はまるで夢の中に居るみたいで、ちょっと心地が良い。僕も夢の中に居るつもりで流暢に答えてみせる。実際は、現実なのだから普通に話しているだけなんだけど。

「トランクスくんはさ、僕が嫌なことを嫌だって言えないような奴だと思ってる?僕は別に嫌なんかじゃないよ。トランクスくんが僕にしたこと。」

僕が喋った直後に風鈴がまた一つ響いた。同時にトランクスくんが黙ってしまったので、僕は目を開く。でも今度は沈黙が訪れるわけではなかった。トランクスくんが黙ったまま僕の方ににじり寄ってきて、隣に倒れこむみたいに寝転んだ。仰向けに横たわる僕の隣にうつ伏せた彼は、その腕で僕のこと抱き寄せた。修行をさぼり気味の僕よりもきちんと体作りをしている腕は力強くて、それが妙に気恥ずかしくて、なんだか黙っていられない気分だ。
光は依然として僕とトランクスくんの頭上に降り注ぐ。暖かな陽気と熱いくらいのトランクスくんの体温のせいで僕の体温も確実に上昇している。僕の方を見ないままで僕を抱きしめているその腕の本人は、今日僕にキスをした。それ以来彼は黙ってしまったのだった。僕はトランクスくんが黙った理由と謝った理由が分かるような、分からないような曖昧な気持ちだった。そして今、彼が僕の方を見ない理由はまるっきりに分からなかった。

「ねえトランクスくん。今何考えてるの?」
「…悟天のこと。」

眩しさと熱さでどうにかなりそうな僕のことを離さないままに、トランクスくんは相変わらず僕の方を見ようとはしない。
作品名:あの家に帰ろう 作家名:サキ