ふつつかもののげんそう
君を泳ぐさかなになる
静雄の周りに赤い金魚が泳いでいる。帝人はそれに気付き、視線を 空気の中をまるで水中であるかのようにゆったりと泳ぐ金魚へと向けた。静雄は煙管から煙を吐き、ぱちりと瞬きをして帝人の視線に気づいた様子で目を細める。
「何見てるんだ?」
「しずおしゃんのまわりです」
おさかながおよいでる。帝人がまっしろな指先を魚へと指し示して呟くと、静雄は怠惰に ああ と声を上げた。
「たまに、泳ぐんだ」
狐の周りを、まるで狐火のように。静雄が煙管を置き、誘い入れるように指を曲げると、金魚は尾びれを一度大きく揺らして静雄の指先に止まった。帝人は興味たっぷりに金魚を見つめ、金魚が黒い目を虚空に向けて泳ぐ素振りを見せる光景に魅せられうっとりと目を細めた。静雄はふ、と息を吐いて再び金魚を空中へと放し、静雄の周りを泳ぐ魚を見続けながらぺたぺたと自分へ近付いてきた帝人を抱き上げる。静雄の膝に乗せられた帝人は近くなった魚に楽しげな声を上げた。
「このおさかなさん、どこからくるんですか?」
「さぁな。いつも突然来て、突然消える」
たましいかもな。静雄は楽しげに呟き、帝人はきょとんとして首を傾げた。たましい、そう呟く帝人へ、静雄はやわらかに微笑む。
「そうかもな、ってだけだ」
ふわりとした九尾の尾が帝人を包むように回される。柔らかな毛に包まれる感覚に癒されてにこにこと笑う帝人は、静雄に寄りかかりごろごろと喉を鳴らした。
「おさかなさん、しずおしゃんがだいすき、ねー」
ぼくも、ねー。帝人が楽しげに発した言葉へ、静雄はくすぐったげに肩をすくめた後、ゆらりと自分の肩先を横切る魚へ視線を送った。透明な視線に射抜かれた金魚は重たげな体をゆすり、空気中をゆっくりと進んでふわりと消える。あ、残念そうに声を発した帝人を包み抱きしめながら、静雄はくつくつと笑い、再び煙管を手にとって吸い、ふう、と煙を空気中に放った。ぷかり、と円となり空気に残る煙の間を、どこにいたのか 魚がするりと通り抜け、帝人の周りを泳ぐ。目を輝かせて魚に視線を送り、二本の尻尾を振り続ける帝人へ、静雄はくすりと笑い 赤い魚が酸素を求めるようにぱくぱくと口を開閉するその風景を見つめた。
「おさかなさん、きれい」
帝人はうっとりと呟き、静雄へ朗らかな笑みを向ける。静雄は帝人の頬を撫で、踊るように跳ねる魚を見つめて そうだな と柔らかく肯定した。魚はちゃぷん、と、無音の空気の中に揺れる。
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まるでそれはきつねにしたがうひのようなげんそう
作品名:ふつつかもののげんそう 作家名:宮崎千尋