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電波が歪みまくってヘンなものができた

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ジャックは昔から浮世離れしているというか、直接的にいってしまえば生活能力が俺たちに比べて低いところがあった。説明書を読まずにいきなり電源を入れてしまうタイプだ。料理も大味だったし(それでも当番のときは張り切って作っていた)、服を繕うために針を持たせれば必ず一度は指に刺すような男だった。それでもジャックは、年長の意地がらしく、いつも俺にいろいろなことを教えてくれていた。
 ダークシグナーとの戦いが終わり、サテライトとシティがひとつになった。ややあって俺とジャック、クロウは再び衣食住をともにすることになった。金がなければ生きていけないのはサテライトもシティも同じだった。クロウは散々怒っていたが、サテライトにいたときでも、工場勤務を心底嫌がっていたジャックが仕事をなかなかつかめないのも仕方ないことなのだと思っていた。ジャックの経歴は目立ちすぎる。フォーチュンカップで優勝した後、マスコミからうまく逃れることのできた俺なんかよりずっと顔も名前も知れている。2年間、ジャックがキングとしてシティに君臨していたという事実。あまりそのことは触れたくない。ブラウン管に映るジャックの表情は、観ているこっちもつまらないものだった。だがその時期にゴドウィンの元で味わった、俺やクロウなんかからは想像もできないような生活が、ジャックが一般人として振舞うことを妨げているのだろうとは思っていた。
 だが、時が経つにつれ、流石におかしい、異常だと思うようになった。クロウは「よっぽど甘やかされていいご身分だったんだな!」と言ったが、そういう問題を遥かに超越しているように思えた。ジャックの頭の中から、身体から、自立して生きるために必要なことが抜けすぎているのだ。
「遊星、遊星!」
 バスルームの中から大声で名前を呼ばれる。すりガラスの扉を開けると中には金髪の、大きなこどもが裸でバスチェアに座っていた。手にはシャワーを持っている。
「なんだ」
「シャワーの水が冷たい」
 当然だ。温度を調節するツマミは青色の一番端を指している。つまり今はシャワーヘッドからは冷水が出るようになっている。なのにジャックはどうしてか分からないような顔をしている。
「またか。この前教えたばかりだろう。それに、こういうシャワーなら昔も使っていたじゃないか」
「あのときのものとは、形が違うだろう」
「勝手は同じだ」
 バスルームの中に服を着たまま足を踏み入れて、シャワーヘッドをジャックから取り上げる。蛇口をひねり、足元に水を出しながら説明する。
「こっちに捻ると水、こっちにひねると湯が出る。青いほうが水、赤いほうが湯だ、あとは適当なところで温度を調節して」
 ジャックを見る。むらさき色のひとみがどこかぼんやりと虚空を見つめている。以前説明したときとおなじだ。こちらの話を聴いていない。ジャックはこの説明を覚える気が無いのだ。俺の言葉を右から左へとただ聞き流している。眉間のあたりに力が入った。腹がたった。その後はもう手が勝手に動いていた。
「なっ――っ!!」
 ジャックが小さく呻く。一番端まで捻った冷水を頭から浴びせたのだ。この季節にまだ水のシャワーは早い。いつもなら肩をそびやかしてぷんすかと怒るだろうジャックは、シャワーの向こうに俺の顔を見るなり、瞳をちいさくして開きかけた口を一度動かしただけでとめてしまう。自分が悪いのだと分かったのだろうか。
「話を聞く気がないのなら、身体で覚えたほうがいい」
 自分でもおどろくほど感情のない声だった。今度は赤色の一番端まで捻る。にわかに湯気が立ち上り、バスルームが蒸気であふれる。
「ぐっ」
 熱いだろうにジャックは少し呻いただけで耐えていた。俺からシャワーを奪い取るなり、蛇口を捻るなりすればいいものを。ジャックのしろいはだが熱であかくそまっていく。このままでは火傷してしまうかもしれない。不安になったのでまた冷水に戻す。跳ね返ってきた水滴が頬にあたって冷たかった。ジャックは唇をかみ締めている。
「分かったか。青が冷水で、赤がお湯だ」
 すっかりぬれそぼった金髪を見下ろしながら言う。なあジャック、どうしてそんなことも分かってくれないんだ。マーサの家にいたころ、一緒に風呂に入りながら、俺にシャワーの使い方を教えてくれたのはお前だろう。一体何がお前を変えてしまったんだ。あんなにたくさんのことを知っていたジャックは、どうして無知な人形になってしまったんだ。ジャック。なあ、ジャック。どうして。
「自分でやってみろ、ジャック」
 つめたくなった、しかし赤みをおびたままのジャックの腕を取る。普段からは想像もつかないほどおとなしくなったジャックが顔をあげた。形の良い眉をしかめている。ジャックの腕は蛇口に伸びる前に、こちらに向かって伸ばされた。
「……なぜ泣いている」
 そんなのこっちが聞きたい。
 きっと跳ね返った水滴が、なみだのようにこぼれていたのだ。