【腐向けAPH】プラグと充電器【英香】
人名使用
「……あ、いた…」
目が合って、香は自分の両手を見てから、アーサーへと緩慢に両手を広げた。その距離数メートル。世界会議の会議室の直ぐ近くにある書斎に手本に半ば埋もれるように座り込んだアーサーを最初に見つけたのは耀だった。ちらと落ち込むアーサーを金色の瞳で見て、彼は直ぐに踵を返した。そんな状態だと、ただ、確認しに来ただけの様に思える。
次にやってきた香も始めは耀と同じような反応を取って、それから先ほどあげた行動へと移したのだった。香も耀と良く似たスーツを着ていた。こうやって同じような衣服を着ているとますます似てきているように思えてしまう。決定的に違うのは香のその感情があまり篭らない瞳と、眉毛だろう。
「…なにしてんだよ」
「はは、アーサーぁ」
蔑むように笑ってもう一度、後ろ手でドアを閉めながら、会議室の入り口で香は腕を広げた。
一連の行動の意味が分からなく、搾り出すようにアーサーは音を発す。それが上手い発音だったかどうかも分からない。先だった世界会議でこれまでにない無様な姿を晒してしまったのであった。他人などそんなことは全く気にしていないにも拘らず、彼は無意味に落ち込むのだ。そこまで落ち込まなくてもいいのに、小さく呟いた香の声など落ち込んでいるアーサーには全く聞こえない。どうして都合いいことほど耳に入らないのだろう。ため息を深く香はついて、もう一度落ち込む金髪を見た。瞳を開けばその深い森を思わせるような緑が覗く。香はアーサーの瞳の緑が好きだった。
「……だから、」
「要らない?」
「何をだよ」
「充電」
にんまりと笑う香に対して、アーサーは漸く顔を上げた。情けなく下がった立派な眉毛が切なげに表情を映す。やっと見れたその顔、その瞳、嫌いじゃない。唇に更なる笑みが広がるのが分かった。無理を言って耀についてきてよかったと心から思う。最も、口には決して出さないのだけれども。
「どうやってだよ」
「ここでこうやって」
ぎゅうってする的な、というと、目を白黒させてアーサーはこんな場所で、と呟いた。どちらかというと公共の場所に近いその場所だ。もっとも、この書斎には誰かが入ってくることなどないのだろうけれども、それでも拭えない不安をそのままにした表情でじっと香を見つめるのである。時折底知れぬ不安に襲われるのか、どれだけ言葉で尽くしても、香の無表情な言葉では伝わらないのだろうか。
「なんで、そうやってさ」
「香…?」
ちょっと時代遅れのスーツ、太めのネクタイ、ぼさぼさの金髪と、高いプライド、香が目にしているアーサーはそんな上辺だけのものではない。その中にちょっと紛れ込む皮肉っぽい物言い、本当はとてもやさしいこと、そして不安症なことだって全部知っている。会議の前には何度も資料を読み直して、眼鏡をかけて作業しているのだって見たことがあった。認めて労ったことはなかったし、付き合って一緒に起きていた事も無い。年齢に比べると子供っぽい。だからこそ愛しいのではないだろうか。こうやってわざわざ香のような存在は殆ど踏み込むことのない場所にまで来ることもないだろう。
床を踏みしめて歩く、香を見上げたその顔が浮かないものであることは判りきっている。なんとなくだが、苛苛した。
「折角俺が来たのに?感謝の言葉も無いわけ?」
「頼んでねぇ」
「じゃあ充電は?」
「しないとは言ってねぇ」
「ふぅん……」
緩慢にたちあがって、一歩二歩、それから、そっと伸びてきた手に抵抗をひとつもしないで香はその身をゆだねた。彼の言う充電、それは香を抱きしめるだけで完了するものなのか田舎は分からない。けれどおそらく、少しの心の支えにはなっているのではないだろうかと、自惚れてみる。アーサーの意外と小さな身体に腕を回してウールのスーツを握り締める。抱きしめた所為でスーツには皺が寄ってしまうだろう。でも、このおかげでアーサーはきっと、あと数十分後にはいつも通りの横柄な態度を取るようになる。丸さの残る香の頬に彼は唇を寄せ、リップ音を立ててキスをする。少し甘やかすとすぐ、調子に乗る。吹きだすのを抑えながらも目を瞑った。
会議室の横にある小さな書斎、目を瞑ってしまえばアーサーの腕の中になってしまう。すっぽり収まりガいいわけではない、強引で、そして骨ばった身体は抱きしめられて気持ちがいいことは決してない。しかしながら、仄かに残る薔薇の匂いと、その薔薇を育てる土の匂い、芳しく香る紅茶の香り、湿気たような陰気な空気、全てが入り交ざった複雑な、アーサーの香りがする腕の中は香にとって何にも変えがたい大切なものの内のひとつであることは確かなのだ。ゆえに、これを失わないために傍にいようとするのである。
作品名:【腐向けAPH】プラグと充電器【英香】 作家名:kk