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この胸いっぱいの愛を

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 目が覚めた時、そこには見知った天井があった。黒く点々とシミの飛んだ、汚らしくて、でもどこか懐かしい板張りの天井に、これまた昭和の香りのする紐の垂れた照明。蒸れた畳の匂いが鼻腔を擽る。
 東京のド真ん中だと言うのに、ここはいつも臨也の持たない故郷の香りがした。それが心地良くて通いつめているわけではなかったけれど、どこか落ち着く香りであることも確かで、息を吐くだけで自然に体の力が抜けていくような安堵感に包まれる。新宿やそこかしこにあるどれも都心の臨也の住処では、得がたい感覚だと、臨也はいつも思う。


 ・・・それにしても。


 あたりをぐるりと見回してみる。日の沈みかけた部屋からは連日の蒸し暑さも少しは引いて、あけられた窓から吹き込む風が夕涼みに丁度良い。臨也には窓を開けた覚えがないので、恐らくこれは彼が開けて行ったものだろう。けれどもその「彼」が見当たらない。
 人の出て行く気配で目を開けたのだから、彼がいないことなど覚悟していたはずなのに、実際目が覚めて傍に彼がいないとなると、一気に背筋が寒くなった。これが自分のマンションならばそんなことはなかっただろう。けれどここは臨也の住処ではない。持ち主のいない住処はすぐに朽ち果てていく。なんとなく、ここがそうなるのは、見たくないな、と思ったのだった。


 「帝人くん、どこ行ったのかな」


 今から迎えに出たらすれ違うだろうか、なんて馬鹿なことを考える。
 夕飯の買い物にでも出たのだろうか。だとしたらあとどれ位で帰って来るだろうか。
 なんとなく興味を持って、なんとなく彼の行動パターンを調べてはいたけれど、いざとなると彼の生活なんて、全然知らないんだなと臨也は思った。食事にどれ位時間をかけるだとか、ノートを取るスピードだとか、知ったところで何に役立つわけでもないのに、最近、そういうことも知っておきたいなと思う自分がいる。


 「夕飯、俺の分もあるかな」


 彼の生活の一部に、溶け込んでしまいたい自分がいる。彼の匂いに慣れて来て次は生活か、なんて自嘲してみても、否定するまでには至らない。最近の自分はなんだかおかしい。そんな自覚は臨也にもあった。けれども、それだから意識して足を伸ばさぬようにしていたこの場所に久しぶりに足を向けた途端、気を抜いて数日振りの深い眠りについてしまった今、臨也は少し、開き直ってみても良いか、なんて思い始めている。


 「泊まっていったら、怒るかな」


 あの少年が、特別だと思う。愛しいと思う。ぼんやりと輪郭を持ち始めているこの気持ちを、恋と呼んで良いのかどうかは臨也にはわからない。ただいつも彼の傍にいたいだけで、名前を呼んで貰いたいだけで、笑って、ほしいだけで。


 「・・・・参ったなぁ」


 胸に手を当てる。彼が出て行く寸前、耳を当てていた自分の左胸。トクントクンといつもより早めに脈を刻んでいるそれを、確かめようとする彼がたまらなく愛しかった。臨也の口元に手を当てて呼吸を確かめる彼の安堵の溜め息ごと、唇を塞いでやれば良かった。それから笑った好きだと言ったら、彼は受け止めてくれるだろうか。


 「安心、したのかな」


 久方ぶりに顔を会わせた彼はなんだが不安げな顔をしていた。臨也はそれを、自分の仕事のせいだろうと踏んでいる。恨みを買ってナイフで刺されるような仕事だから、会う度にどこかしらに怪我を負っていることは確かに多かった。彼が池袋に住んでいる所為もあるが(・・・。)、まぁ大体はそんな感じだろう。夢見が悪くて寝不足だったし、顔色ももしかしたら悪かったのかもしれない。
 考えれば考えるだけ彼のことが愛しくなる気がした。誰も居ない部屋で、彼の輪郭を掴むように名前を呼ぶ。帝人くん、帝人くん。どこにいったの。なにしてるの。いつ帰って来るの。俺はここにいても良いの。・・・君を待ってて、良いの。




 返って来ない答えを待っていると、ガチャガチャ、と鍵を回す音がした。すぐに振り返ろうとして、思いとどまる。死んだ振りでもしたらどうだろう。駆け寄ってきて抱きしめてくれるかもしれない。目を覚ましたときと同じように、だけれど薄目を開けて西日の差した部屋に横になる。
 そうしている内に立て付けの悪いドアが開いた。額に汗を滲ませた彼の持つスーパーの袋には、いつか臨也が好きだと言ったハンバーグの材料が二人分。逆光で良く見えないのか、臨也さん?と呟いた彼の声はすこし震えている。嬉しくても涙って出るんだ、と知った臨也の返すなぁに、と言う声も少し震えた。
 おかえりなさい。いつもより高めに響いた臨也の声に返った安堵の溜め息ごと抱きしめたくて、死んだ振りはすぐにやめる。幸せすぎて死ぬなら別だけど、当分死にたくなんてなりそうにない。立ち上がりながら涙は拭いた。彼が臨也に向かってただいまと、それはそれは綺麗に、夢のように微笑ったから。




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作品名:この胸いっぱいの愛を 作家名:キリカ