速やかに鮮明
縄張り中へ蜘蛛の糸のように張り巡らせた神経の近域は四六時中に把握が可能である上、他者のように目線で悟られやしないのが利点。当然のごとくデメリットもあることが、非常に残念ではあるけれども。
「よし、臨也さん。そろそろ別れましょうか」
そろそろってなんだ。
コンマ数秒の突っ込みを反射ですると同時に内心は嵐が発生している。
恋人はいつだって、独断と偏見に基づいて出した結論の尾のみを唐突に口にする。相手の拍子が抜けている間に自分はそそくさと事をまとめては完結させてしまうのに追加して、対処をする猶予も用意しない。だから滑り込むかこじ開けるしか止める手立てはない。
「ストップ、帝人くん。何事にも相互理解は必要不可欠だよ」
鍵盤の連打のような別れのステップが始まる前に無理に割り込んで止めさせる。今度は帝人くんが着いて行けていないみたいで、疑問符を表に表示している。擬音はきょとん。まさかの反論に不意打ちを食らったご様子。最初に爆弾を落としたのは誰かさんのくせに呑気な。
「だって、目線すら合わせて貰えてないんですよ」
絶対おかしいです。恋愛関係が成立しません。てこでも動かないという風に眉と眉の中心に皺を刻む恋人。強い意志など今この場において不要だから、人指し指で眉間をぐりぐりする。それでも直らない機嫌は降下し続ける。溜息の雨。
あのねえ、俺、きちんと意中のこくらい早々にマーク済みなんだけど。
他人には分からないことが初めて裏目に出た。あやかって小指を執心的に糸を巻き付けてはいるのに当人は知る由もない。当たり前が悔しい。見せつけて、俺のものなんだからって言いふらしてやりたいのに、それはどんなに想いが強かろうが濃かろうが不可能なのだ。
「じゃあ、こうしよっか」
「はい?」
思い付いたことをそのまま素早く実行に移す。シャツの胸元のボタンを一つ二つ外す。突然のことに固まるその首筋に唇を寄せて吸い付いて、制服のシャツでは隠れそうにない朱色の印を日に焼けていないたおやかな肌に付けた。これは暫くは消えないし、あからさまな感じが滲み出ている点がお気に入り。よしよしと一人出来栄えに頷く。
ふと神経から送信される情報で、顔を寄せていた恋人は熱病に浮かされたかのように体温が上昇しているとのこと。どうにかこうにか、何時の間に別れ話は煙にまけたらしい。一件落着、終わり良ければ全てよし。
すると付け加えのように首筋に濡れた感触。考えることは大方似通っているらしい。
存在するデメリット、例えるなら恋愛面。完璧な人間なんて居ない。ならば自然体ならしさで納得して貰うしか妥当である地点はない。理解を待つなんて、嫌われたくない証明そのものである。健気路線で攻め落とそうかと思案の真っ只中に腰を下ろす。
そしてまた付け足すなら、恋人の赤面を直接眺められないことが感覚的な問題だがとてもとても、惜しい。