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私を見つめて

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鼻にかかった声が脳髄に響く。全てを溶かして目の前が真白になる。俺はバカになる。悟天は俺の名前を呼んだ。「トランクスくん。」十七になっても俺のことをくん付けで呼ぶところが好きだった。悟天のことを好きだと思うたびに作戦にはまったみたいに悔しい気持ちになる。実際のところはアイツが深いことを考えているなんて思えないけれど、これが惚れた弱みというやつなのだろうか?とんだ足引っ張りの感情だ。それでも俺は絶えず返事をする。

「なんだよ。」

部屋で二人きりというシチュエーションは恋人同士なら、おいしいのかもしれない。けれど俺と悟天にとってはそれがごく当たり前の状況で、それよりも街を歩いたりすることのほうが珍しい気がした。会うことになれば悟天は子供の頃からうちへ来たがった。大きい家が面白いと笑った顔につられて笑って、いつでも来ればいいと言ったのは確かに幼少の自分だ。俺と悟天は恋人なのかどうかいまいち分からない。悟天が俺のことを好きだと言ったという事実と、恋人同士になったということをイコールで結んでも良いのか、否か。

「何かしようよ。楽しい事とかさ。」

今まで俺のゲームを散々遊び倒して俺の存在を無視していたくせに、飽きるとすぐこれだ。コントローラーを投げ出して俺の膝に頭を乗せてくる。全く調子が良い上に天然の甘え上手ときたもんだ。そして、その言い方は俺にしてみればあまりにもいやらしい。

「楽しい事?そうだな、とりあえずキスでもしとくか。」

今まで暇つぶしに読んでいた雑誌を横へ置いて顔を下げると、素早い動きでその雑誌を盾にした悟天にキスを拒まれた。少なからずショックを受けるも顔には出さないよう努める。ポーカーフェイスを気取りたいわけじゃなくて、なんとなくそうすることが癖になっている。けれど悟天にはそれが通用しないらしく、口元を雑誌で覆ったまま噴き出した。

「トランクスくん、眉間に皺。」
「お前が大人しくキスのひとつもさせないからだ。」

しわ、しわ、と笑いながら悟天は俺のほうを見ている。完全に誘っているようにしか見えない。けれどきっとそんなことは、コイツは微塵も考えちゃいない。だから俺はそんな単純な手口に乗せられないようにわざと別の方を向く。興味も無いのに、手元にあった別の雑誌に手を伸ばしてみたりして、膝の上の悟天を無視した。いつもの悟天だったら「あ、またそんなことして。暇なんだってば。」と怒りながら俺の読書を妨害してくるはず。
今日もてっきりそうくると思っていたけれど、なぜか今日はやけに大人しい。一ページ、二ページ…三ページ目になってとうとう俺は雑誌から目線を外して下を向いてしまった。すると急に目の前が見えなくなった。暗くなったり倒れたりしたわけではない。正確に表すならば、突然目の前が悟天の顔で覆われて他のものが見えなくなったのだ。俺が呆然としていると、元いた位置に戻った悟天が膝の上で笑っている。してやったり・という憎たらしい表情。その笑い顔は子供の頃から変わらなく、いつも俺の余裕を奪う。

「あはは、びっくりしてる。」

無邪気な台詞もほとんど使いまわし。俺はその台詞を聞くたび、学習したつもりなのにまたしても騙されたことを知る。でも今回は特例もいいところだ。まさかあの、分かりやすく性欲の薄い悟天がキスをしてくるなんて、誰が考える。願っても無いことだったけれど、あんまりにも突然すぎて俺は動けなくなった。そしていつものように余裕をなくして、冷静に考えられなくなった頭のままで、今度はこっちからキスをしてやる。何度も何度も、浅く深く。悟天が嫌がるそぶりを見せないのもやはりいつも通り。愛しさの上に悔しさも重なって、うんと長く口付ける。数十秒ほど経ち、悟天が苦しそうに眉を動かしたところで唇を離す。赤くなった悟天の耳に口元を寄せて「また騙された。」と呟くと、くすくすと笑い声が聞こえて腕の中の体が小さく振動した。腕の中の相手は間違いなく満足そうに目を細めている。悟天はつい最近、大人を気取ったような台詞を使いたがるのが悪い癖だ。

「いつも騙されたフリしていてよ。」
長いキスのせいで小さくなった甘い声がまた脳を刺激する。糸が切れたようになる、一つ年上の自分が情けない。どう見積もったっていくらかは子供の匂いが残る悟天に構う俺は、相変わらず今日も余裕が無い。ちくしょう。
作品名:私を見つめて 作家名:サキ