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チェリー

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僕はこの春に高校二年生になった。今、僕は家族のみんなから遠く離れたところにある寮に住んでいる。幼少の頃に僕を自由にしすぎたと言って、母さんは僕の高校受験にものすごくやる気を出した。どうせならレベルの高い学校へ入るようにと申し遣わされた僕は、母さんの進言通りレベルの高いということで有名な、家から随分と離れたところにある高校へ入学した。
入学が決まった当時は通学するつもりでいたのだけれど、毎朝学校まで飛んでいくという希望を告げると、母さんは「そっだな事は中学校と一緒に卒業だ!」と僕を一喝して、僕を寮に入れることを決めてしまった。

かくして僕は高校生になり、今まで住んでいたところからとても離れたところに住むこととなったのだった。高校生になって早くも一年が過ぎた。時の流れというものは酷なほどに早い。今年もまた、僕の部屋の窓から見えるところにある桜が花を咲かせている。この時期だけは味気ない簡素な二人部屋も鮮やかな空気が流れるような気がした。(とはいえ、開花中は花びらが大量に舞い込んでしまう為に窓の開放は厳禁だったけれど。)
消灯時間になって、ルームメイトが寝てしまった夜に僕はひっそりと部屋の窓から夜桜を眺める。暗闇に浮かび上がる幻想的なピンクは、まるでそれそのものが息づいて光を放っているように美しくて艶やかだ。音を発てないようにそっと窓を開けてみれば、官能的なまでの花の香りが、まだ少し肌寒い春の空気と共に流れ込む。

ぼんやりと息をついてその光景を見ていると、妙にノスタルジックな気持ちになる。高校での毎日はとても忙しく、かつ刺激的で、退屈どころかホームシックになる暇さえなかった。だからこんな風に一人で穏やかな気持ちになった時にこそ、そういった感情が沸きあがるのも不思議ではないのかもしれない。家族の顔がぼんやりと浮かぶ。お父さん、お母さん、兄ちゃん、みんな元気にしているのだろうか。便りがないのは元気な証拠というから、きっとみんないつも通りの生活を繰り返しているのだろうと思うとそれはそれで少し寂しくもあった。

家族についで思い浮かぶのは、懐かしい親友の顔だった。トランクスくん。トランクスくんは、僕の親友。親友といったってただの親友じゃない。僕とトランクスくんはキスをしたり、それ以上のことをしたり、今思い返してみればまるで恋人みたいな間柄だった。
あの頃の僕は友情や愛情と呼ばれる感情の区別がつかなかった。とても子供だったのだ。あの時は好きだからという単純な気持ちで彼を赦していたけれど、今思えば僕はとても残酷だった。確かにあの気持ちは愛だと、僕がトランクスくんを想う感情は紛れもなく恋であると、一言で良いから伝えてあげれば良かったのに。彼のしていた、あの哀しげな表情が風に靡く桜の花々に重なった。今なら解るのに、といくら後悔したところでもう時は経ちすぎていた。一年前の桜だったらまだ間に合ったかもしれないけれど。

僕がここへ出発する日、トランクスくんは家まで見送りに来てくれた。しばらくの間はまるで日常の一こまのように他愛もない話をして、小突きあった。けれど急に真剣な瞳になった彼が僕の目を見つめた時に、僕はキスされると思った。だけどトランクスくんはただ僕に手を差し出した。僕はキスされると思った自分に密かに照れつつその手をとって握手をした。

「行くなよ。」

その時、トランクスくんが僕の手を握ったまま小声で言ったのを、確かに聞いた。
けれどあまりに突然の言葉で、僕は何も言えなかった。

「なんて言えたら少しはかっこつくのにな。」

苦笑しながら僕の手を離したトランクスくんの目は、もう僕を見てはいなかった。
それが僕とトランクスくんが繋がっていられたかもしれない最後のチャンスだったと気付いたのは、もはや別れた後だった。トランクスくんは僕と最後に挨拶をするときに「俺のことなんて忘れちまうくらい、あっちで楽しくやれよな。」と言った。それはつまり、僕とトランクスくんはもうただの友達になってしまうという烙印。どんなに近くにいても、もうキスをしたりすることもない。その事実をつきつけられて、初めて僕は自分の気持ちを見つけたのかもしれない。でもそれもとうに遅すぎた。僕はトランクスくんの想いや決意に呑まれてしまって、何も言えなかった。
別れ際に香っていた桜の芳香は、新しい土地へ来てもあらゆるところで僕を包み込み、そのたびに僕はトランクスくんの手のひらの温度を思い出していた。

一人、窓を開けて花見をしているとルームメイトが目を覚ましてしまったらしく、ベッドの方から人が動く気配がした。僕はそっと窓を閉じてベッドに入った。明かりの消えた部屋は真っ暗で、先ほどまで見ていた桜色さえゆっくりとフェードアウトしてしまうようだった。桜の形は消えてしまっても、いつまでも鼻先に香る匂いが消えなくて困った。目を閉じて再びトランクスくんのことを思う。今頃何をしているのだろう。彼は女の子によくもてたから、きっと彼女でも作って幸せにしているのかもしれない。それはそれで構わない。幸せでいてくれるのならば。ただ、トランクスくんも僕のように一人で桜を見て、あの哀しそうな表情をしていたら。
そう考えるだけで、僕は眠れなくなった。

次の日、寝不足気味の僕は一日中あくびをしていた。友達に「お前は今日に限らず、いつも眠そうだよな。」とからかわれてちょっと心外な気持ちになりつつ、相変わらず僕を昼寝に誘うような麗かな気候をしている窓の外を見た。校舎と寮を囲うように植えられた大量の桜が今日もまた風に揺れて一面に花吹雪が舞う。空は晴天、桜の枝の間を縫って春告げ鳥が飛び交う光景を見て、僕は不意に思った。

(今日の夜、トランクスくんに電話をしよう。)

そして告げようと思った。そっと部屋から抜け出して、連絡用にと買ってもらった携帯電話を使って、夜桜の中が良い。今夜芳しい春の海に溺れながら僕はトランクスくんに電話をする。昔のこと、今の気持ち。上手く言えないかもしれないし言っても意味はないかもしれないけれど。暖かな春の日溜まりの向こう側でトランクスくんが、忘れないでと言っているような気がしたから。
作品名:チェリー 作家名:サキ