ザ・トゥモロー・ニュース
午後二時の日差しは垂直に俺たちを差す。倒れてしまいそうなくらいの熱を和らげているのは頭上の緑だ。俺はパンちゃんと公園にいた。真夏の太陽に直火焼きにされた遊具を触る子供はいない。俺とパンちゃんもうだる暑さに耐えかねて、公園の木々の下に設置されたベンチに腰を下ろしている。ひたすらに暑いだけのこの空間で、俺たちは悟天を待っていた。こんな状況にさらされているすべての原因。だけどそれでもあいつを憎めない自分が一番憎い。
「蝉が鳴いてる。パン、蝉が好き。」
「そうなんだ。俺はうるさいからあんまり好きじゃないかな。」
不意に隣に座っていたパンちゃんがぽつりと言葉をこぼした。突然の発言に思わず率直な意見を返してしまう。だけどパンちゃんは俺が言った言葉に反発する様子は無い。俺は少し感心する。もしブラなら、絶対に怒る。ブラは誰に似たのか(恐らく母さんだけど)自分の意見を否定されるとすぐに怒るのだ。育てる人や環境によって、同じ年頃の子供でも随分と違った育ち方をするのだな、なんて思った。
「悟天くん遅いなぁ。」
パンちゃんは悟天のことをくん付けで呼ぶ。その言い方はまるでクラスメイトの女子のようだけれど、明らかに同じそれではない。馴れ馴れしさとは違った近さを感じて、彼らの血縁とは無関係の俺までどこか温かな気持ちになる。いつかあの悟天も、おじさんだなんて呼ばれる日がやってきたりするのだろうか。呼ぶ方から見ても呼ばれる方から見ても、今の姿からはとても想像が出来なかった。
「アイスどこまで買いに行ったのかな。もうお店見つからないのかな。」
「一度家に戻ってから買ってくる、とか言ってたからなぁ・・。きっと時間がかかるんだよ。」
全ての原因。それは悟天もといアイスクリームの屋台だった。この時期、暑さを利用してアイスの屋台が街を徘徊していることが多い。勿論暑い日にはアイスが飛ぶように売れるのだろう。テレビでも若い女性や子供が買っている姿を報道していた。その屋台が公園にいた。そして悟天はそれに飛びついた。女でもなければ子供と呼べる年でもないというのに。
そもそもなぜ俺たちが公園にいたのか。俺が悟天の家を訪ね、二人で駄弁っている時、ビーデルさんにお願いされてパンちゃんを預かった。そして家ではすることがないから、と悟天が公園へ行くことを提案したのだ。俺が熱中症になるから止めるべきだと止めるのをまるで無視して。公園は予想通りの熱帯地域と化し人っ子一人いなかった。さあ帰ろうと踵を返した途端に悟天が叫んだ。「アイスクリーム食べたい!」。丁度屋台は場所を移動してゆくところだった。
そこからは俺が制止する隙も与えず、悟天はお金を取って買ってくる、と真夏の空へ飛び去ってしまった。取り残された俺とパンちゃんは呆然と立ち尽くし、こうして日陰でひたすら悟天を待つハメになったのだ。
「こんなに時間がかかるならみんなで俺の家に行った方が早かったな。」
「トランクスくんのお家にはアイスがあるの?」
「うん、いっぱいある。」
パンちゃんまで小さくため息をついた。これではどちらの子守か分かったものじゃない。パンちゃんの額には汗が滲んでいる。きっと俺も同じだ。シャツを手で扇ぐ。生ぬるい風と汗のにおい。蝉の声。なぜか一緒にいることになってしまった、親友の姪。ぼんやりと人気のない公園を見つめていると、パンちゃんが俺の方を見た。
「ねえ、トランクスくん。」
「なに?」
「トランクスくんは悟天くんが好きなんでしょ。」
光る瞳のブラウンと、綺麗な黒髪が悟天と似ている。質問の意味を考える前にそんなことを思った。血が繋がっているのだから当然といえば当然で、こういう質問をする時の言い知れない強さも、またそれに然りだった。俺は一瞬言葉を失う。乾燥した喉で一度だけ唾を飲み込んだ。特に深い意味はないのだろうと思う。だけど、暑さで上手く頭が回らない。
「どうしてそう思うの?」
一言、聞き返す。我ながらなんて稚拙な言葉だ、と思いながら。パンちゃんはまばたきをして、額の汗を拭う。ベンチの背にもたれて、足をぶらぶらと動かしている。しばらく黙っていたパンちゃんが口を開いた。眉間に皺を寄せて首をひねる。
「わかんない。でも、違うの?好きじゃない?」
「いや…。…うん、好きだ。」
俺がそう言うと、パンちゃんは嬉しそうに笑った。でしょう?と言って微笑むその表情があまりに親友と酷似して、またくらくらとした。その時ふっと悟天の気を感じ、顔を上げると両手にアイスを持った悟天が満面の笑みでこちらに向かってきた。
「おまたせー!はい、パンちゃんの分と、トランクスくんの分!」
突き出されたアイスは既に熱気で溶けかけている。それでも悟天はお構い無しに俺にそれを受け取らせる。パンちゃんはそれを受け取ると、えへへ、と声に出して笑う。その様子をアイスを食べながら見ていた悟天が、不思議そうに首を傾げる。
「なんかパンちゃん嬉しそう。何か楽しい事あった?」
「悟天くんは遅刻だから内緒!」
ね、と俺に振るパンちゃんは相変わらず無邪気に笑っている。俺もつられて笑むと、悟天が不満げに頬を膨らませた。悟天の手元で垂れるアイスが滴って地面に落ちた。俺とパンちゃんの手からも次々とインクのように零れ落ちるアイス。立ち去った後も残るであろうピンクや緑のそれを見て、俺の頭の中ではさっき言った自分の言葉だけが反響していた。
「なあ、悟天。」
「何。」
ベンチで三人並んで溶けてゆくアイスを啜りながら、俺はまだちょっと納得のいかない様子の悟天を見た。汗をかいた首筋や、口元を汚して食べるその幼稚さも、俺を振り回すわがままさ加減まで、不思議と全部が愛しく見える。悟天の隣ではパンちゃんがアイスを舐めながら、こちらをちらりと見て、俺と目を合わせた。
「やっぱりパンちゃんは、間違いなくお前の姪っ子だよ。」
何の意味も分かっていない親友がその意味を理解するのは、この夏が終わってからでも十分遅くない。はぁ?と言い返すその顔を見て、なんとなくそう思う。俺たちの頭上の木から、蝉が鳴きながら飛び立った。
「蝉が鳴いてる。パン、蝉が好き。」
「そうなんだ。俺はうるさいからあんまり好きじゃないかな。」
不意に隣に座っていたパンちゃんがぽつりと言葉をこぼした。突然の発言に思わず率直な意見を返してしまう。だけどパンちゃんは俺が言った言葉に反発する様子は無い。俺は少し感心する。もしブラなら、絶対に怒る。ブラは誰に似たのか(恐らく母さんだけど)自分の意見を否定されるとすぐに怒るのだ。育てる人や環境によって、同じ年頃の子供でも随分と違った育ち方をするのだな、なんて思った。
「悟天くん遅いなぁ。」
パンちゃんは悟天のことをくん付けで呼ぶ。その言い方はまるでクラスメイトの女子のようだけれど、明らかに同じそれではない。馴れ馴れしさとは違った近さを感じて、彼らの血縁とは無関係の俺までどこか温かな気持ちになる。いつかあの悟天も、おじさんだなんて呼ばれる日がやってきたりするのだろうか。呼ぶ方から見ても呼ばれる方から見ても、今の姿からはとても想像が出来なかった。
「アイスどこまで買いに行ったのかな。もうお店見つからないのかな。」
「一度家に戻ってから買ってくる、とか言ってたからなぁ・・。きっと時間がかかるんだよ。」
全ての原因。それは悟天もといアイスクリームの屋台だった。この時期、暑さを利用してアイスの屋台が街を徘徊していることが多い。勿論暑い日にはアイスが飛ぶように売れるのだろう。テレビでも若い女性や子供が買っている姿を報道していた。その屋台が公園にいた。そして悟天はそれに飛びついた。女でもなければ子供と呼べる年でもないというのに。
そもそもなぜ俺たちが公園にいたのか。俺が悟天の家を訪ね、二人で駄弁っている時、ビーデルさんにお願いされてパンちゃんを預かった。そして家ではすることがないから、と悟天が公園へ行くことを提案したのだ。俺が熱中症になるから止めるべきだと止めるのをまるで無視して。公園は予想通りの熱帯地域と化し人っ子一人いなかった。さあ帰ろうと踵を返した途端に悟天が叫んだ。「アイスクリーム食べたい!」。丁度屋台は場所を移動してゆくところだった。
そこからは俺が制止する隙も与えず、悟天はお金を取って買ってくる、と真夏の空へ飛び去ってしまった。取り残された俺とパンちゃんは呆然と立ち尽くし、こうして日陰でひたすら悟天を待つハメになったのだ。
「こんなに時間がかかるならみんなで俺の家に行った方が早かったな。」
「トランクスくんのお家にはアイスがあるの?」
「うん、いっぱいある。」
パンちゃんまで小さくため息をついた。これではどちらの子守か分かったものじゃない。パンちゃんの額には汗が滲んでいる。きっと俺も同じだ。シャツを手で扇ぐ。生ぬるい風と汗のにおい。蝉の声。なぜか一緒にいることになってしまった、親友の姪。ぼんやりと人気のない公園を見つめていると、パンちゃんが俺の方を見た。
「ねえ、トランクスくん。」
「なに?」
「トランクスくんは悟天くんが好きなんでしょ。」
光る瞳のブラウンと、綺麗な黒髪が悟天と似ている。質問の意味を考える前にそんなことを思った。血が繋がっているのだから当然といえば当然で、こういう質問をする時の言い知れない強さも、またそれに然りだった。俺は一瞬言葉を失う。乾燥した喉で一度だけ唾を飲み込んだ。特に深い意味はないのだろうと思う。だけど、暑さで上手く頭が回らない。
「どうしてそう思うの?」
一言、聞き返す。我ながらなんて稚拙な言葉だ、と思いながら。パンちゃんはまばたきをして、額の汗を拭う。ベンチの背にもたれて、足をぶらぶらと動かしている。しばらく黙っていたパンちゃんが口を開いた。眉間に皺を寄せて首をひねる。
「わかんない。でも、違うの?好きじゃない?」
「いや…。…うん、好きだ。」
俺がそう言うと、パンちゃんは嬉しそうに笑った。でしょう?と言って微笑むその表情があまりに親友と酷似して、またくらくらとした。その時ふっと悟天の気を感じ、顔を上げると両手にアイスを持った悟天が満面の笑みでこちらに向かってきた。
「おまたせー!はい、パンちゃんの分と、トランクスくんの分!」
突き出されたアイスは既に熱気で溶けかけている。それでも悟天はお構い無しに俺にそれを受け取らせる。パンちゃんはそれを受け取ると、えへへ、と声に出して笑う。その様子をアイスを食べながら見ていた悟天が、不思議そうに首を傾げる。
「なんかパンちゃん嬉しそう。何か楽しい事あった?」
「悟天くんは遅刻だから内緒!」
ね、と俺に振るパンちゃんは相変わらず無邪気に笑っている。俺もつられて笑むと、悟天が不満げに頬を膨らませた。悟天の手元で垂れるアイスが滴って地面に落ちた。俺とパンちゃんの手からも次々とインクのように零れ落ちるアイス。立ち去った後も残るであろうピンクや緑のそれを見て、俺の頭の中ではさっき言った自分の言葉だけが反響していた。
「なあ、悟天。」
「何。」
ベンチで三人並んで溶けてゆくアイスを啜りながら、俺はまだちょっと納得のいかない様子の悟天を見た。汗をかいた首筋や、口元を汚して食べるその幼稚さも、俺を振り回すわがままさ加減まで、不思議と全部が愛しく見える。悟天の隣ではパンちゃんがアイスを舐めながら、こちらをちらりと見て、俺と目を合わせた。
「やっぱりパンちゃんは、間違いなくお前の姪っ子だよ。」
何の意味も分かっていない親友がその意味を理解するのは、この夏が終わってからでも十分遅くない。はぁ?と言い返すその顔を見て、なんとなくそう思う。俺たちの頭上の木から、蝉が鳴きながら飛び立った。
作品名:ザ・トゥモロー・ニュース 作家名:サキ