キラフワロココ
トランクスくん、僕女の子になっちゃった。
久しぶりに会った親友は開口一番にそんなことを口走った。
よく晴れた日だった。空には雲ひとつない。風は穏やか。こんな日は大抵よくないことが起きる。今朝の食卓の時に母さんの前でそう言うと、「あんたネガティブね~、誰に似たの。」と言われた。確かに俺の家族にはあらゆる意味でポジティブな人間しかいないような気がする。だけどこれはネガティブな感情ではなく、あくまでも予感なのだ。今まで自分が生きてきた上で起こってきた出来事からの推測。そして今回もそれは的中してしまった。小さな伝説だ。
昼から悟天が遊びに来た。今までずっと悟飯さんの家族と旅行に行っていたらしい。行き先を聞く間もないくらいのスピード旅行で、俺がしばらく悟天の顔を見ていないと思って家を訪ねた時に、チチさんに聞いて初めて旅行に行っていることを知った。ちなみにチチさんも悟空さんも行き先は知らないらしい。そんな旅行あるのかと思ったけれど、他でもないあの家族だ。そういうこともあるのだろうと思っていた。そして悟天は帰ってきた。
久しぶりに会った(といっても一週間程度だけれど)悟天は少し痩せたように見えた。というよりも、若干小柄になったような気がするのは、ただの錯覚だろうか。やけに大きな白いシャツを着て、下も明らかにサイズの間違いだというようなジーンズの裾を捲り上げてベルトできつく縛って履いている。
「久しぶりだな。お前その服なんだよ、いつものは洗濯中?」
笑いながらからかう。いつもの悟天なら背伸びして抗議してくるところだが、今日は様子が違っている。俺に反論する気もないようで、黙ったまま腕を組んでじっとこちらを見ている。普段との違いに違和感を感じて声をかけようとすると、それを遮って悟天が言った。
「トランクスくん、僕女の子になっちゃった。」
「……初潮か?」
いつもの冗談だろうと思って冗談で返す。だが悟天は至って真面目な顔で「ああ、それは嫌だなぁ、出来ればこなければ良い。」と言う。なんてことだ、ボケをボケで返された。しかも相手は天然ボケだ。
「どうせ冗談だろ?でもさすがにそんな突拍子も無いのは信じられないな。」
肩を竦めて苦笑してみせる。納得しない(というか出来るはずもない)俺の様子を見て悟天はむっとしたようだった。突然シャツに手をかけ始める。なんだと思って見ていたけれど、悟天の両腕が前で交差してシャツの裾を掴んだ時点でようやく気付いた。服を脱ごうとしている。そもそもこいつは男なんだから上半身が裸になるくらいなんともない。だけど、なんとなく嫌な予感がした。慌てて止めようとした時には一歩遅かった。
悟天は一瞬の躊躇すら無くシャツを脱ぎ捨てた。真白の一枚布が消え去るとそこに表れたのは見事なまでの女の乳房だった。思わず絶句してしまう。そして無意識に凝視してしまう。つい先週まで平だった悟天の胸板が二つのなだらかな丘のように膨らんでいる。
「……!」
「ほらね。信じてくれた?なんなら下も脱ぎますけど?」
そう言って無言の俺を更に追い詰めるように、かちゃりとベルトに手をかける。流石に今度ばかりはまずいとその両手首を掴んで制止する。ぐっと距離が近づいて、目下に悟天の顔が見える。確かに掴んだ手首は前より明らかに細くなっている。顔も睫毛がちょっと伸びていたりしてどこか女っぽさが漂っていて、思わず赤面してしまう。茶色の瞳に俺が映っている。その円らな瞳がきゅっと歪んだ。笑っている。
「トランクスくん顔赤い。」
「うるさい。」
にやにやと笑う悟天に自分の恥ずかしさが止まらず、その腕を放して床に投げられたシャツを拾って悟天に渡す。
「早く着ろ。それから、なんでそんなことになったか事情を聞かせてくれ。」
「触んなくて良いの?」
悟天はシャツを抱きながら自分の胸をぎゅっと掴み、上体を俺の方に突き出して誘う。前から思っていたけれどこいつは緊張感というものが足りない。そしてこうなってしまった事自体なにか大変なことが原因なんじゃないのか。というか御託を並べる前に単純に女の姿で胸を晒されて、男の俺の理性を刺激しないはずがない。俺はたまらず悟天に背を向けて叫んだ。
「触るか!」
後ろからはつまんないのー、とぶつぶつ文句を言いながら悟天はシャツを着た。きっと後ろから見たら俺の耳は赤いんだろう。顔が熱かった。だけどなぜか、ありえない出来事に直面しているにも関わらず、頭が混乱したり泣きたくなったり、そんなことは全く無かった。当事者の悟天があまりに普通だからだろうか。窓辺へ歩いていき閉まっていた窓を開けた。シャツを着た悟天が俺のほうに走りよってきて、腕に抱きついてくる。シャツの下にある柔らかな胸の感触。空は相変わらずの青で、それを見た時に初めて泣きたいかもしれないと思った。