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ヒーロー不在注意報

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「で、何がどうしてそうなったんだ。」
「何から話せばいいかなぁ…旅行先で変な敵?と会って、呪われた。あ、説明終わった。」
「終わりかよ!」

悟天の説明は意味不明だった。何もかも。ありえないだろ、と言ったけれど今まで俺たちが生きてきた世界でどれだけありえないことがあったかと悟天に訊かれると、確かにそれもそうだと思わざるを得ない。しかしこれは酷い。敵ってなんなんだよ。(まあ大方どこかで悪さをしていたやつのことだろうけれど。)
俺は頭が痛かった。どうして親友が女になってしまったのか。どうして空はこんなに青いのか。いっそ全て夢ならば良い。目を閉じて次に目を開いたら、どんなに悪天候でも構わないから別の日が来ればいい。その日に悟天はちゃんと男のままで戻ってきて、いつも通りの日常が始まる。試しに一度目を閉じてみようか。そうだ、一度だけ。……。

「トランクスくん、眠いの?」

目を開けたらやっぱりそこには女の悟天がいた。しかも至近距離に。どうやら目を閉じている間に俺の目の前に詰め寄ったらしい。慌てて後ろに下がると、悟天はちょっと不満そうに頬を膨らませた。その表情が可笑しくて少しだけ笑ってしまう。

「なんだよ。」
「だってトランクスくんって変。僕が男の時はこっちがやだって言ってもうっとうしいくらいキスしてきたくせに、女になった途端遠慮するなんて。折角期間限定なのに。」

うっとうしいくらい・という言葉にはぴくりと眉が上がってしまうのが自分でも分かったが、その後に続いた期間限定と言う言葉が引っかかった。

「待てよ、期間限定ってどういう意味だ?」
「兄ちゃんと明日ドラゴンボール探しに行くんだ。で、男に戻してくださいってお願いする。そのために今日はブルマさんにドラゴンレーダー借りに来たってわけ。」

なるほど、と俺が力なく呟くと、悟天は「ということで、一日限定の悟天ちゃんってこと。」と両方の人差し指を頬に当ててにっと口を伸ばした。そうか、ドラゴンボール。この世界にはそんな便利なものもあった。平和になってから全く使われなくなったそれは今も地球のどこかにあるはずで、それを見つければ確かにすぐに元に戻れる。
急に肩の荷が下りたようにどっと疲れが出た。この数分で運動をしたわけでもないのにものすごく疲れた。悟天も説明を終えると満足げに俺のベッドに腰を下ろした。そしてふう、と一息ついてから俺を見る。隣に腰を下ろすと、俺の肩に顔を寄せてきた。普段はほとんど自分から甘えてくることのない悟天が。もしいつもの日常なら俺はひどく驚くだろう。しかしいつもの日常ではまずこんな仕草はありえない。やはりありえない出来事のせいで悟天もまた可笑しくなっているようだ。
恐る恐る女の体になった悟天を抱きしめてみる。骨格も全てが華奢になってしまったようで、抱いたら骨が砕けるんじゃないかと思った。最初に会ったとき、小さく見えたのは錯覚ではなかったのだ。悟天の顎に手を添えて口付ける。キスをした感触はあまり変わらないけれど、唇がいつもより柔らかいような気がする。そのまま手のひらでそっと胸に触れてみた。布越しにもそれが明らかに女の象徴であることを告げている。もっと触れてみたくなって手探りしていると、悟天がくすくすと笑った。

「やっぱり触った。」
「お前のだから触りたいと思うんだよ。」

首筋にキスを落としながら言うと、からかうような笑いは止まった。そのまま悟天を寝かせるように倒す。シャツのボタンを外そうとすると、その手に悟天が触れた。

「待って。二つ聞いてくれる?」
「なんだ?」
「一つ目。兄ちゃんが心配するから今日は泊まれない。」

真剣に言う悟天の顔が一瞬悟飯さんの顔に見えて首筋が寒くなった。ただでさえ子供の頃から悟天を大事にしていたあの人のことだから、大切な弟が女になってしまった今、きっと俺のところに来るということさえ止めただろう。これで悟天がうちに泊まったりしたら、あの笑顔でどんな訴訟を起こされることか。思わず眉を顰めて悟天に訊ねる。

「…心配って、こうなることをじゃないのか?」
「さあ。でもなっちゃったものは仕方が無いから、せめて泊まらずに帰るよ。」

相変わらずの軽さだ。後に何かあって困るのは俺だというのに。ちょっと苦笑してしまう。

「で、もう一つ。」

もう一つ、と言ってから悟天は少し黙った。俯いて何やら考えているような、何も考えていないような表情をした。男だった時とあまり変わったようには見えないのに、女になったと確信したときから悟天は立派に一人の女に見えた。不思議だった。俺はじれったくなってそんな悟天の額にキスをする。窓から風が入ってきてカーテンが揺れる。そういえばまだ窓を開けたままだったな、なんて思っていると、今まで俺の手に触れていた悟天の手が離れて、首筋に絡まってきた。女になって少し力も弱くなったのか、ぎゅうと俺を抱く腕がしなやかだった。

「優しくしてください。」

今まで聞いたことのないような消え入るような小さな声を、耳元で確かに聞いた。意外な一言に悟天の顔を見ると、目をそらされる。その顔は赤く染まっていた。

「努力するよ。」

優しく笑ったつもりだったけれど、悟天は「いやらしい笑い方。」と言って両手で俺の髪をくしゃりと掴んだ。外は晴天。まだ陽も沈んでいないけれど今日くらいは良いだろうと思った。なにせ、期間限定なのだから。
作品名:ヒーロー不在注意報 作家名:サキ