白い夜は明ける
それは挨拶のような気軽さで、だけど比べ物にならないくらい重みのあるものだった。あの、悟飯さん、とおれが腕の内側から声をかけても全く微動だにしない。眠ってしまったのだろうかとさえ思う。温かなぬくもりと呼吸の微かな振動が心地よい。
「トランクス。」
眠っているのかと思いきや、声をかけられた。はい、と返事をするけれどその後はまた沈黙だった。悟飯さんは今日うちへ来て、お酒を飲んでいた。母さんが特別に入手したという上等なものらしい。最初のうちは母さんも一緒になって晩酌をしていたけれど、仕事に差し支えるからと途中でラボへ行ってしまった。おれは先刻までの母さんの真似をして、何度も何度も悟飯さんの杯(という名のただのグラス)に酒を注いだ。もういいよと言いながらも注げばきちんと飲み干す、その勢いが面白いと思ってしまったのだ。そのうち悟飯さんは頬を赤らめて口数が少なくなった。目元はいつもより少し垂れている。眠い?と訊こうとしたのと、彼がおれを抱きしめたのが同時だった。すっぽりとその腕に入った一秒が、静かでとても長く感じた。
「トランクス。」
もう一度名前を呼ばれる。
「はい。」
「君が好きだ。俺は君を守るよ。」
「はい。」
一瞬その言葉の真意が分からなかった。けれど、悟飯さんの腕の力が一層強くなったから、おれは頷くしかなかった。肩越しに時計を見つめた。一秒ずつ秒針が動いてゆく。自分の心臓の音が、それに重なってうるさい。どうすればよいのかが分からなくて、悟飯さんの肩に頭を委ねてみる。悟飯さんはおれの首筋にキスをした。くすぐったくて思わず首を竦めると、今度は唇にされた。酒の匂いがふわりと漂って、自分まで酔っ払ってしまうと思った。
「好きだ。」
好きだという悟飯さんの目は光を失わない。光っている。おれは、そんな眼がずっとずっとおれを見ていればいいなんて思った。気付いたらおれは泣いていた。悟飯さんの肩にじわりと涙が染みてゆく。
本当は守られたくなんてなかった。一緒に生きていければそれで良い。戦うことも、生きていくことも、全ては一緒にいたいからなのに。この人は何もわかってない。そう思うと急に全てが悲しくなった。泣き上戸というものがあるけれど、おれは本当に酔ってしまったのかもしれない。
「悟飯さん。」
鼻をすすっている自分が情けない。酒を飲むのはまだ早すぎると母さんが言ったのが、理解できた。おれはまだまだ子供なんだ。
「悟飯さん。死なないでね。おれを一人にしないで。」
酔った勢いだと口に出してしまえば、悟飯さんはおれの頬にキスをした。多分涙の味がするんだろう。一言、うん、だとか、死なないよ、だとか言えばいいのに、馬鹿みたいに真面目な悟飯さんの性格を少しだけ恨む。それでも謝られないだけまだマシなのかもしれない、と思ったらまた一筋涙が流れた。目の前の温度はまだまだ温かくおれを抱く。おれは壊れ物を抱くみたいに、丁寧にそっと腕を回し返した。