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轍 きょうこ
轍 きょうこ
novelistID. 1480
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上司が惚れてる女

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「一度、聞いてみてえと思ってたんだが」
「なんでしょう?」
「アンタ、近藤さんのどこがそんなに気にいらねんだ?」
「その頭には脳みそのかわりにスポンジでも詰まってるの?」
毒のない笑顔で毒を吐く。いつものことながらのギャップの恐ろしさに若干身を引きながら、それでもここで引き下がるのは情けない。
「外見は確かにゴリラで、中身もバカで、ちょっと粘着質なところもあるかもしんねえが、女が惚れるのに不足する男じゃねえはずだ。いい男だろう」
内心冷や汗をかきながら言ってみた。
他人の恋愛に嘴つっこむなんて主義ではないが、問答無用で拒否されている様は見ていて忍びなかった。一蹴されるのは分かりきっていたのだが。
だからしばらくの沈黙のあと、妙が口にした言葉には少し驚かされた。
「そうね。でもそれだけじゃもう駄目なんです」
あんまりにも素直な言葉に一瞬絶句した。
「…だったら近藤さんにそう言ってやれよ」
「“そう”って?」
瞬きのあいだにさっきまでの素直さを消して小首を傾げてみせた女に末恐ろしいものを感じる。
「だから、惚れた男がいるって」
続く言葉は喉の奥に消える。今度こそ、土方は後ずさった。
妙がにっこりと微笑んでいたからだ。毒がないなんてもんじゃない。菩薩級だ。ただし目はまったく笑ってない。
「どうして?」
「どうしてって」
「私が心を砕いてでも優しくしたいのはあの人だけ。間違ってもあのゴリラじゃないわ」
まだ成人もしてない小娘は女の顔で断言した。
「この想いはそんなに安くないの」
作品名:上司が惚れてる女 作家名:轍 きょうこ