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卒業した後の

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「卒業おめでとうございます」
「第二ボタンは?」
「いりませんよ」
 ぶすくれた荒井に冗談は一切通用しない。苦笑いを返すと、胸に付けられた造花を奪われた。安全ピンでつけられたそれは、脆く、すぐ壊れてしまう。
安全ピンだけが制服に残っている。荒井はその花をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。一年、いや、一年も居なかった。
 廃部寸前の、ほとんど荒井の部屋の、映画同好会のゴミ箱。たまに来る分にはちょうど良かった。入り浸るのにそう時間はいらなかった。
「いやだいやだ、春なんて」
「俺の卒業がだろ、照れんなよ」
 照れていません、卒業なんて気にしてもいません。きっぱりと言い切った割に、荒井の目は、つらそうに見えた。自意識過剰かもしれない。安全ピンを外して、ゴミ箱に放り投げた。さっきの造花とぶつかったのか、かさりと音を立てる。
「卒業祝いは?」
「欲しいんですか?」
「ああ、くれるんなら」
 案外乗り気な答え。開けた窓から、校庭で騒ぐ生徒の声が耳に届く。さっきまであそこにいた。卒業という言葉がまだ、しっくりこない。明日もまた、ここに荒井といるんではないか、彼がここで待っているのではないか。がくんと、扇風機の首が、落ちそうになるのでは。
 耳の奥に蝉の声が蘇る。なぜかヒグラシの鳴き声で、他の蝉を思い出そうとしてもうまくいかない。やけに暑い夏だった。それでも、楽しかった。
荒井は鞄をひっくり返して、小さな袋をひとつ取り出した。掌でひっくり返して、その袋からこぼれ出たのは黒い指輪。
「はい」
「え」
「つけてあげましょうか」
 さっきまでの不機嫌はどこへやら、俺の手を引き体を寄せる。細身の指輪。何かあしらわれているようだが、よく見えない。
「そんな小せえの、無理だろう」
「フリーサイズですよ、ほら、輪っかが切れるんです」
 左手の小指にぐいとはめられた指輪は、案外すんなりとそこへおさまった。指輪には一匹、猫がついていた。
「イギリスのものなんですけどね」
「へーっ」
「幸運を呼ぶとかで、有名なメーカーだそうです」
「曰くはついてねえよな」
「まさか」
 鼻で笑う。指先を伸ばし、そこだけにある違和感。
「ほら、ちょっと、変でしょう」
「言うなよ」
 ごつい男の指に、細身の指輪など、滑稽だ。指輪は案外、滑らかで気持ちがいい。つい猫の背中を撫でてしまう。
「僕のは鼠なんですよ」
 荒井はもう一つの袋から指輪を取り出して同じく左手の小指にはめた。荒井の手は白い。俺ほどごつい手をしてもいない。それもまた、案外すんなりと収まってしまった。
「違和感あるな」
「もともとは女性のものですから、仕方ありません」
 無意味にお互いの手を見る。そこに光る指輪。傾いた日差しが窓から入り、ちらちらと光を反射させる、鈍い黒。
「でも、この違和感で、僕を思い出すでしょ」
 そのあとに、言葉が続けない。
「……深い意味はないんです」
「卒業式に指輪なんて、忘れられるわけねえだろ」
 意味はない、なんていうのも、嘘だろう。荒井の声が少し震えて聞こえた。彼の顔を見ないように、俯いた。
小指の猫と鼠がぶつかった。捕まえられたのはどちらか。言葉もなく、しばらくそのままでいた。
 このままほんの少しでも時間が止まれば。開けた窓から入り込む桜の花びらが、それをさせてはくれなかった。
作品名:卒業した後の 作家名:ちば