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牙のない獅子

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「ちーっす旦那。来ちゃった」

そう言って津野田現人は、マフラーを寒風にはためかせて笑った。黒いコートと、鮮やかな赤のマフラー。色褪せ始めた大江家の庭に、現人のマフラーだけが鮮やかだった。と言っても、マフラーをするにはまだ早い。

笑い掛けられた張本人、大江家現当主大江幹孝は、そんな現人に色々な意味で眉をひそめた。片方の手をコートのポケットに突っ込んだまま、幹孝の眉間を指差して現人が笑う。
「せっかくの美丈夫が台無しだよ、旦那。ほら、スマイルスマイル」
じろりと幹孝が睨み付けると、おっかないなーと現人が苦笑した。


「家政婦さんに聞いたらさ、ここだって言ってたから」
縁側に座る幹孝の横に腰掛けながら、現人が言う。
「俺が押し切っただけだから、怒っちゃ駄目だよ、旦那」
幹孝の眉間を突っついて、現人がしてやったりと笑った。


現人を何かの行事以外で、庭に入れたのは初めてかもしれないな、と幹孝は思う。
時折ふらっと現れる現人を家政婦が迎えそれを幹孝に伝え、その時幹孝の手が空いていれば、幹孝の部屋へ招き入れる、と言うのがいつものスタンスだった。幹孝の了承なしに、現人を家に上げたことはこれまで、ない。
現人が幹孝に会いにくるペースはまちまちだ。三日と空けずに来ることもあれば、何週間も空くこともある。部屋に上げれば途端に今夜だけ、今度だけ、今だけと情交をねだり、会話を交わすこともほとんどない。すぐ脱がせてしまう服になど気を止めることもないから、マフラーの鮮やかさが妙に目についた。

「……ああ、これ?」
目敏い現人が、幹孝の視線に気付く。
「これはさあ、ほら」
現人がマフラーの中に指を入れて、ちらっと首を見せてみせた。少し誇らしげにも見える顔で笑って言う。
「旦那の指の痕、見せれないでしょ?」
ぐっと唸った幹孝へ現人はにやっと笑うと、マフラーをまた元通りに直した。因みに現人は昨日も来ていた。

「何しに来た」
「んー…?用がないと、来ちゃいけない?」
「時間の無駄だ」
「冷たいなあ…まあ、いいよ」
そう息を吐いて、それきり現人は黙る。いつもなんやかんやと五月蝿いこいつが静かなのはどうも座りが悪かった。
おい、とばかりに横顔を見つめる幹孝の視線に気付かない訳がないのに、現人はぼうっと庭を眺めたまま何も言わなかった。その冷めた横顔には勿論、昨日の情欲の名残を見て取ることなど出来はしない。幹孝は何と無く不愉快な気持ちになったが、それを言及する必要は感じなかったから、黙っていた。

…やはり、今日のこいつは何処かがおかしい。幹孝は現人をじろじろ観察して思う。
現人こんな風に訪問してくること自体初めてだし、こんな風にじっと押し黙っていることも初めてだ。指の痕の付いた首を隠すためか知らないが、日中に髪を下ろしているのも珍しい。
…一体何がしたいのか。幹孝は顔には出さなかったが、内心深く溜め息を吐いた。俺にこんな風に推し測らせなどして。自分は何を考えて――……え?


…不幸としか言い様がない。どちらに取っても。
気付かなければ、二人はこのまま、共利用の関係でいられたのかもしれない。
しかし結果として気付いてしまったのだから、……どうしようもない。"もし"なんて仮定が無意味なものだと、解らないほど二人は子供でもなかった。
"もし"気付かなかったら。"もし"ここまで事が進んでいなければ。"もし"、"もし"二人が茂狩の人間じゃなければ、あるいは……?


不幸なことに、不幸としか言い様がないことに、幹孝はそれに気付いてしまった。縁側の上に置かれた、手を伸ばせば届く距離にある現人の手に。

黒い衣服と赤いマフラーに覆われた現人の身体の、顔を除いて唯一外気に晒された部分の、その白さ。現人は色白な方だけれど、その白さは、……そう言う問題じゃなかった。強く強く、壊れそうなほど握り締めた手の白さをしていた。高く浮いた骨の痛々しさ。

しかし現人はそうでありながら、やはり何でもない顔で、庭をじっと見つめ押し黙っていた。そのギャップに、幹孝は混乱する。表情と、手と、どちらを信じればいいのか。
幹孝は手を信じるべきだと思った。何でもない顔をして、何かを胸の内に抱え込んで、じっと押し黙っている現人のことを考える。……すると、なんだろう、胸の中からじわっと溢れ出すものがあった。膝の上に置いた自分の手が、意志とはほとんど関係なくもぞりとする。幹孝は現人の手を見下ろして、目を細めた。……が、
自分を押し留めたのは、他ならぬ自負自身だった。結局、自ら手を現人の手に重ねることは出来なかった。冷徹で、残酷で、一途な自分自身が、耳元で囁く。お前はそいつを、殺すんだろ――……?


「……だよ、な」

はっ、幹孝が顔を上げると、庭を眺めていた現人が、いつの間にか幹孝を見ていた。現人は目を白黒させる幹孝にふわっと笑って、手をポケットに仕舞った。縁側から腰を上げて、幹孝を笑顔に見下ろす。言い訳だとか何だとかを、幹孝が発する暇は与えられない。
  、、
一度そう思ってしまうと、現人の表情が言葉が、信じられなくなってしまった。笑顔の裏で何か思っているんじゃないか、なんて勘繰りたくなってしまう。

「次、もうすぐだっけ」
「………ああ」

行くんでしょう?現人が首を傾げた。

「こっちでも色々準備あるからさ、暫く来ないよ」
「…………そう、か。」
「…うん。」

現人は何処か吹っ切れたような笑顔で笑った。



「じゃあ、今日は帰るから」
「……泊まってかないのか」
「ちょっと用事があってさ」
「そうか」

何を今更縋ってみているのか。幹孝は自分を殴りたい衝動に駆られた。傷にしかならないのに、今更、何の確認を。見れば明らかな破壊の跡を、わざわざ踏んで確かめてみるようなものだ。
「ねえ、旦那」
寒風にマフラーをはためかせて、現人が笑う、笑う。
「俺のこと、好き?」

――ひどい、問いだ。
幹孝は思わず、ふっと笑った。

「……嫌いだ。お前のことなんて」
「そっかあ。俺も、嫌いだよ?」
現人はいとしさ、なんて呼べそうなものを込めた視線で幹孝を見つめると、満足したように頷いて、幹孝に背を向けた。閃いた真っ赤なマフラーの端が、幹孝の目に焼き付く。


現人の背中が見えなくなって暫く経っても、幹孝は縁側から腰を上げることができなかった。

「……寒い、な」

独り言を言う声も、寒さに震えている。寒くて寒くて堪らず、これならば呼気も白く光っているのではと息を吐いてみたが、そんなことはなかった。

彼奴と同じように庭をぼんやりと眺めてみる。しかしそこにはやはり、色褪せた草花しか見つけることはできなかった。彼奴は何か見つけたのだろうか。何か手に入れただろうか、あの、吹っ切れたような笑みを思い出す――……


色褪せた庭に、鮮やかなあの色彩を、瞳に焼き付いたあのあかを探した。





作品名:牙のない獅子 作家名:みざき