-手のひらに流れ星-
別段側に居る理由も無かったけれど、強いて言うなら互いに離れがたかったのかもしれない。
肩を寄せ合い、殆ど顔だけ向き合うように、カードを捲りながら他愛もない会話をする。
互いに言葉が多い方ではないから、会話が途切れることはむしろ必然だった。
沈黙は苦痛にならない。
でも、そうして重ねる時間はそれより心地よいから、続く言葉を探した。
不器用な言葉にも、遊星は短く、はっきりと返してくれる。
それが嬉しかった。
そうして何度目かの沈黙。
わたしは継ぐべき言葉が浮かばず、ただ遊星を見つめた。
その時、ふと、彼の頬に刻まれた、鮮やかな黄色が目に留まる。
たった一枚の、何より大切なカードを取り戻す時に負った代償。
それは、犯罪者の烙印だ。
不適合者としてマーカーが刻まれた人物の行動は大きく制限され、
シティでの生活権を実質的に奪われ、蔑まれる。
マーカー付きのリスクは大きい。
今や同じくらい彼の顔は新たなるデュエルキングとして、広まっているけれど。
その威光ですら覆い尽くせないかもしれない。
それほど、シティの住人はサテライトの人間と、罪人を忌む。
見つめていたのを悟られたのか、ふ、と視線が外された。
さほど手を伸ばさなくても触れられる程に近かった距離が、
ほんの僅か、開く。
きっと、同じ事を遊星も思い出したのだろう。
だから、
「俺は、お前の……」
「っ。やめて、遊星」
“側にいない方がいいのかもしれない。”
そう、自虐でもなく、淡々と。
容易に続く言葉が連想出来たから、わたしはかぶりを振って遊星の言葉を遮る。
元々無口な遊星は、ちらりとわたしを見ただけで、静止を越えてまでもう一度その言葉を吐き出そうとはしなかった。
離別を示唆する言葉が続かなかった事に安堵の息を吐き出し、もう一度彼の言葉を否定する。
「……違うのよ。わたしは……」
わたしが見ていたのはそう言う理由じゃない。
ただ、シグナーの宿命が彼にこんな鎖を掛けたのを哀しく思っただけだ。
遊星は、罪など犯していない。
サテライト住人の未許可でのシティ侵入。
彼の烙印はそんな、下らない法の爪痕だ。
彼はきっと、マーカーを刻まれた事自体は悔いてはいないだろう。
自身への枷もきっと歯牙にも掛けないに違いない。
注がれた視線や言葉が生み出す何もかもを飲み込んで、彼は変わらず立つのだと思う。
だから彼が憂いたのはきっと共にいることで伴う、わたしへの負担。
ただ、それだけを思って彼は身を離す。
酷く無口で無愛想だけど。
遊星はいつだってただ、優しい。
その優しさが何処か痛くてもどかしくて、視線が彷徨う。
擦れ違ってしまった視線は離れたままだ。
「……わたしも同じよ。ううん、あなたより、わたしのほうがずっと……」
沈黙が降りて、堪えかねて吐いた言葉に改めて思う。
そう、彼よりも罪深いのはわたしだ。
沢山、罪を重ねてきた。
沢山の人を傷付けてきた。
魔女の名は、未だ人々の心に刻まれているだろう。
だから、罪人と呼ばれるのならば。
「わたしのほうが、」
声はそこで途切れた。
視線が改めて交わり、捉えられる。
真っ直ぐで強い瞳が、わたしの唇が自然と紡ぎだそうとした茨の言葉を奪った。
『己の言葉で自らを傷付けるな』と、声無く語りかけてくる真摯な目。
その目に宿る蒼い光。
闇の中で導となり、道を指し示す星の光のよう。
ねぇ、遊星。
その光にどれだけわたしが救われているか。
あなたは知らないでしょう?
飲み込んで解けてしまった茨の代わりに、伝えたかった言葉を紡ぎあげる。
「だから、ねぇ、遊星。そんなことは気にしないで……お願い」
吐き出した声は無様に掠れて消えた。
昔のように何も感じない人形にはなれない。
甘やかな導き手を失い、己の感情を殺す術をわたしは無くしてしまった。
いいえ、そうじゃない。
わたしの仮面を壊したのは、あなた。
だから。
お願い、離れないで。
あなたと居て起こる数多の、他愛もない困難は怖くない。
でも、たったひとつ。
あなたがいない孤独はとても恐ろしい。
「お願い……」
祈るように呟いて己の指をきつく組み、もうそれ以上彼の目を見ていられなくて瞳を伏せた。
どうか、その優しい手を伸ばして、と。
あの時、わたしを受け止めてくれた様に、躊躇わないでと。
自分から手を伸ばす勇気すらまだ出ないわたしは、そんな切なる思いを声に出来ない。
だから卑怯にも、願うしかない。
きつく力を込めていた手を宥めるように、グローブに覆われた彼の手が触れた。
ほんの一瞬、大きな手に包み込まれ、互いの手袋越しに熱を感じた様に錯覚する。
その熱が不意に離れ、思わず目を開いた時にはもう。
距離を詰めた遊星に、強く、優しく抱き締められていた。
「ゆう、せい」
「……悪かった」
不安にさせた、と短く謝る遊星に視界が揺らぐ。
あなたが悪いんじゃない、そう言おうと思っても声が出ない。
震える吐息だけを零して、縋ることすら出来ない。
それでも遊星は、こうやっていつも立ち止まるわたしに手を差し伸べる。
歪んだ視界は瞬き一つで透明になって、代わりに雫が一滴だけ伝った。
窓の外に空が見える。
星が、見える。
「俺は、側にいたい」
星から声が零れる。
その流星はすとん、とわたしの中に落ちてきて全てを砕いた。
真っ白になったわたしに、声が響く。
真っ直ぐで、強い。それなのに優しい声。
「アキ。……お前が望むなら。在ることを許してくれるなら」
側に、と。
続けられた言葉に、息が止まってしまいそうだった。
「……アキ」
あぁ、そうやってあなたがわたしの名を呼ぶたびに。
痛むほどに胸が震えて、わたしは呼吸を取り戻す。
遊星が僅かに手を緩め、顔を覗き込んでくる。
その青い瞳に飲まれないように、しっかりと見返した。
息を吸う。
たった一言を、伝えるために。
「……あなたが、」
震える自分を叱咤する。
いつも躊躇いなく伸ばされる手に、今度こそ、必死で手を伸ばす。
「……、あなたが、望んでくれるなら……、わたしも……」
わたしも、あなたといたい。
そう、消え入る声で告げる。
その最後の音は、彼の唇に飲まれて、消えた。
まるで、掌の中に輝く星が落ちてきたようだった。
*
書いた時点では第一シーズンだった訳ですが、
うかうかしてたらシティとサテライト一つになってました。
作品名:-手のひらに流れ星- 作家名:せいは