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美味しい朝食がある風景

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 臨也の住処のマンションで迎える、麗らかな朝である。

「おはよう帝人くん、よく眠れた?」
「あ、ええ、まあ」
 帝人は度肝を抜かれた。あんまりにもびっくりして目が覚めたくらいだ。
 バターの焦げるいい匂いがした。ベッドの中でぐずぐずしていた帝人はのろのろと身体を起して、ゆっくりと時間をかけて床に下りた。
 まだ眠いけれど気になる。機能的で無機質な雰囲気の臨也の部屋には似つかわしくない匂いがする。ふわふわした匂いに惹かれてキッチンへ向かった帝人が見たのは、日常生活であまりお目にかかったことがない光景だった。
 臨也がシンプルな黒のエプロンをつけて、キッチンに立って、フライパンを振っていた。黒いコートをひるがえして、池袋の目抜き通りで天敵相手にナイフを振っている姿なら何度か見たが、この取り合わせは未知である。
「あんまり眠れなかった?」
 首を九十度だけひねって心配そうにこちらを向いた臨也に、帝人は慌てて首を横に振った。
「いえいえ、よく眠れました!もうぐっすり」
「そう、それはよかった」
 口調の歯切れが悪かったのは、びっくりしてどもっただけだ。ベッドを出るのが惜しいくらいには気持ちよく眠った。単にスプリングが絶妙に効いた良いベッドだったから、それだけの理由じゃないはずだ。
 臨也さん料理できるのかー、と帝人は、フライ返し片手に器用に手首を返してフライパンを操る後ろ姿を興味深げに眺めていた。器用なひとだから料理だって無難にこなすに違いない。自分で作る場合も、工程が手の込んだ料理が好きそうだ。で、作るだけ作ったら満足して、食べるのが面倒になったりして。
 ダイニングテーブルの椅子を引いて座って、臨也の後ろ姿を見ながら、帝人は勝手な想像をふくらませてふふふと笑った。
「なに笑ってんの」
「いえ、べつに」
 ふーん?と訝しげに鼻を鳴らしながら、じゅうじゅうと音がはぜるフライパンの上、ひょいっとフライ返しでひっくり返されたのは楕円形の固形物だった。香ばしそうなきつね色の焼き色が見えた。
「もしかしてそれ、フレンチトーストですか」
「堅くなったバゲットがあったから、片付けがてらね」
「バゲット!」――で作ったフレンチトーストか。ホテルにあるレストランのメニューみたいだ。
 こういう洋風のもの、そして甘いものは好物というわけでもない帝人だけれど、他でもない臨也お手製の料理だけに食べるのが俄然楽しみになってくる。それに、竜ヶ峰家じゃあまず和食か普通のトーストの二択だから、物珍しい献立の朝食が新鮮でもあった。
 堅くなったパンを片付けるためだと家主は言った。残り物なのかよ、だなんて不快に思うどころか、帝人は少しどきっとした。すごく現実的で所帯じみていて、そこに「お客様ではない」という感じがして、照れくさくも妙に嬉しい。
「ご機嫌だねぇ帝人くん」
「えっ?」
「そんなにフレンチトースト好きだっけ?また作ろうか」
「いやそこまで好きってわけじゃないので。気にしないで続けてください」
「そう?」
 幼い頃にこの料理が好きだと言ったら、同じメニューが立て続けに食卓に上っていい加減うんざりしたものだ。その時の事を思い出したのだと言ったら、臨也は声を上げて笑って、「どこの母親もそんなもんだよ」と言いながら焼き上がったフレンチトーストを白い皿に落とした。
 ということは、臨也にも昔、同じような事があったのだろうか。
「臨也さんのお母さんか……うーん」
 母親。もちろん帝人の目の前で朝食の準備をしているこのひとにも、生みの親がいるわけだが。
「想像つかないって?」
「正直なところ、まったく」
「もっと奇妙奇天烈な人なら話のタネにもなったんだけどね。うちの親は残念ながら普通の一般人だから」
 ことん、と目の前にはちみつの瓶が置かれた。臨也は皮肉っぽく笑っていた。
 いただきます。合掌して、はちみつの瓶を手に取る。黄金色の蜜をほんのわずか垂らしてから、帝人はフォークを取った。
 添えられたサラダのレタスにフォークを突き刺す。目分量でちぎっただけのレタスは口に余るほど大きかった。
 いよいよ、フレンチトーストを一口分切り分けて口に入れる。ふるふると柔らかな食感となったバゲットの中まで、たっぷり染み込んだ卵とミルクが渾然となって鼻腔を抜けていった。自分でかけたはちみつ以外の甘みはつけられていなかった。
 帝人は言葉も無く唸った。テーブルの向かい側では臨也が、サラダからプチトマトを摘み上げてはひょいひょいと帝人の皿に入れている。
「あげるよ」
「何やってんですか、また」
「買い物頼んだら波江が買ってきたやつなんだけど、今はトマトって気分じゃないんだよね」
「もったいない、買えばプチトマトって高いのに」
「……なんの心配してるのさ」
 葉ものの野菜に包丁はNGだから云々、昨晩から仕込んでおいたからトーストに液が浸透して云々、臨也の蘊蓄をおかずに彼お手製の朝食を味わった。

「飲み物は牛乳とジュースとどっちがいい?」
「ジュースください」
 グラスに注がれた混濁色のジュースを、半分ほど一息にあけた。
 普段の喧噪が嘘みたいに、ゆっくりと時間が過ぎていく。久々に、ああ食べたなぁ、というなぜだか深い満足感があった。
 頭の芯がとろけるようなまったりとした朝食には、痺れるほどほろ苦いグレープフルーツジュースの方がいい。残りもぐいっと呷ると、グラスに切り取られた視界の端で、臨也がはちみつがしたたるトーストを頬張っていた。
「あに、ひはほふん?」
「……もぐもぐしながら、ひとの名前を跡形も無く発音するのは止めてもらえませんか」
 ここで「気ィ抜きまくりだなこのひとは」とがっかりするか、それとも「美形は得だよなぁ、何やってもそれなりに見応えがあるんだから」と取るか。愛が試されている気がする。帝人は、さて自分はどっちだろうと割と真剣に悩みながら、皿に残ったプチトマトを口に放り込んだ。

 何の変哲も無い、とある朝食の風景だった。




End.
作品名:美味しい朝食がある風景 作家名:美緒