二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

かがやく箱庭

INDEX|1ページ/1ページ|

 
…すばらしい世界を作ろう。彼がつかえる神はそう望んだ。
争いのない世界だ。
痛みも、苦しみも、悲しみもない世界。
まるで深く色の練りこまれた玉のように、日が当たるとくるくる色を変え、落とす光の影は万の花。それでいて絶対に不変のつくられた輝き。
めまぐるしく、穏やかな、うつくしい世界。
龍のすがたの神は永い時を生きたが、その殆どを眠って過ごす。理想によってつくられた箱庭――世界のすがたはそのまま夢となって神の眠りをなぐさめる。

神にとって、人とは番人のようなものだった。すばらしく器用な手と、獣にはない知恵で世界をより美しくたもつ、ちいさな庭師。心をもたせたのはその意をを理解させるため。美しい箱庭をうつくしいままに守らせるために。


…はじめからそれ以外の意味も目的もありはしないのだ、作り手の意思を無視して野放図に振舞うというのならさっさと滅ぼしてしまえば良い。
なぜなら夢は美しいもの。美には一点の傷すら許されない。
人は、あまりにも世界をないがしろにしすぎる、にごりでしかない。玉のかがやきの、不純物。
――しかし作ったばかりのモノを壊すのは、神といえども僅かにか惜しいと思ったのだろう。壊すにしても、もう少し遊んでやってからというのも、いい暇つぶしにはなるだろう。彼らはそう考える。

《人とは真に価値あるものか、否か》

かくして、「人」に意味を見出せなくなった神に彼は遣わされた。


人ならぬ、けものの身でいると人はあまりにもけがれて見えた。
一介のけものでもなく神の立場になると、人はいっそうのこと傲慢で、救いようのない存在に思われたことだろう。

(龍よ。――問いのこたえは、はじめから決まっているというのに)
ざんこくな。これはまるで、えものを爪にひっかけて弱らせいたぶる獣の遊びのようだ。



***



「ニノ姫、良かったら今日これから出かけませんか」
天気がよくて、空が青くて、それがあんまりうれしいのでそう言ったら、ちいさなニノ姫にあきれられた。
「…風早、そんなに遊んでばかりいたら、だめだよ」
自分の背丈の、半分しかない少女にたしなめられる。だけど風早にはそれくらいどうということもないらしく、「いいんですよ」と笑顔のままで言う。
「こんないい天気の日に、外に出ないなんてもったいないでしょう? それにずっと部屋にいて日にも当たらないなんて体に悪い」
せっかく、ニノ姫の髪はあたたかな太陽の色なんだから。
そういうと、「それは、あんまり関係ないんじゃないかな…」ちょっと困った顔でニノ姫が笑った。
ニノ姫はこどもなのに、妙にしっかりしている。ちいさなこどもなのだから甘やかされて育って、もっとわがままにいてもいいくらいだと思うのに、――もっとたくさんのものをみて、ふれて、伸びやかに育っていってほしいと思うのに、少女はすっかり物分りのいいおとなのていで、だれもが思わず顔をしかめる異端の色した髪に心いためて、龍の声もきこえぬ無能者と呆れるため息を聞きたくなくて、自ら進んでどこにも行こうとしない。ひろい部屋で、いつも途方に暮れたように座っているだけ。

(…ただひとこと、言えばよかったんだ)

ひとつの嘘でよかったのに、王族の姫として生きていくにはそうしたほうがよかったのに、自分をまもるためにたったひとつも偽れなかった少女。
そんなおろかなまでの不器用さが、風早にはただ哀しくて、胸がつっかえたように苦しくなる。

「大丈夫、ばれなければいいんです。ぜったい、女官たちには気づかれないように行って、帰ってこれるから」
白麒麟のちからを侮るなかれ、女官たちの目をごまかすくらい簡単だ。
絶対の自信をもって言うと、見上げる少女がなやむように首をかしげる。だが、ふと何事かを思い出してくすりと笑った。
「それ。昨日も、その前も言ってたよ」
「そうかな?」
軽く肩をすくめた風早が誘うように手を差し伸べる。ニノ姫はいつものようにちょっと、迷うような顔をしたけれど、ためらいながらも小さなてのひらがそっと風早に重なる。
誰かに見つかって咎められることを恐れるのではなかった。たとえ咎められても、少女はじぶんがわがままを言って風早を困らせたのだというつもりだった。
だから、このこどもが恐れているのは、風早が自分のためにつらいめにあうことだ。
「風早は、わたしを甘やかしすぎるの」
こどもの愛らしいため息。
「それは、そうかも知れないね」風早が微笑む。
「千尋があんまりかわいくて、いい子だから、甘やかしたくなるんです」
ニノ姫はすこし自分に厳しすぎるからそれくらいで丁度いい。
「――そんなことない」
眉を寄せた顔がかなしげに横に振られるが、風早はそれを無視してかるがるとニノ姫を抱えあげた。
王族らしく豪奢な着物は無意味なほどに重かったが、そのなかみの少女はあきらかに軽い。
声をあげて笑うことのすくない少女を驚かせたくて、わざと行儀悪く窓から外に飛び出すと、予告のない跳躍にニノ姫はちいさく声をあげて風早にしがみつく。

そのほそい指の感触、愛らしい歓声に、自然、笑みが深くなった。

***

人ならぬ、けものの身でいると人はあまりにもけがれて見えた。
一介のけものでもなく神の立場になると、人はいっそうのこと傲慢で、救いようのない存在に思われた。

心持つものが醜いのは知っているはずなのに、たがいに自分のための嘘をつき、誰かの上にたちたいと願い、意のままにしようとなかまに刃を向けるおろかさを知っているはずなのに、今度は人の身になると、どうしてだろう、こんなにも人がいとおしくなる。
情をかけ、情をかけられ。言葉を交わせばこんなにも――滅ぼすを躊躇われる。
悲しい顔をされれば、笑ってほしいと願ってしまう。生きる、その幸福を。

「さあ、しっかりつかまっていてください、ニノ姫」

今は人の身とて、この身の真は天かける白い麒麟。
小さい子。あなたが望むのなら、笑顔になってくれるなら、世界で並ぶもののない俊足をお目にかけましょう。

《人とは真に価値あるものか、否か――?》

声を出して笑って。ちからいっぱい走れば、風の音と、胸にかかえたちいさなこどもの声で、神の呪いも今だけは聞こえない。
作品名:かがやく箱庭 作家名:だろ