生きて在る喜びを
まだぼんやりとした思考の端で、それでもそこにあるはずの温もりを探す。
辛うじて残っていたのはシーツに移った体温だけだけれど、それさえ彼が「生きている」証だと思えば、そこにいないことに幾ばくかの寂しさを感じはするものの、うれしさも少なからずある。
俺は、人の死にばかり触れていたから。
すぐそばで、触れることが出来る温かさを、本当の意味では理解していなかったのかもしれない。
「アスランさん、起きたの？」
寝室のドアから顔をのぞかせたシンの表情は、生き生きとしていて、晴れやかだ。
些細なことで不機嫌になってしまう彼を、それでも笑顔にさせている要因の一つが自分だと言うことが、ひどくうれしい。
こんな自分でも、生きている意味があると思わせてくれる。
「こんな自分」と言えば、シンはその瞳と同じくらい顔を真っ赤にして怒る。
曰く、「俺はあんたが大好きだから一緒にいるのに、俺の大事な人を、「こんな」とか、言わないで下さいよ！」ということらしい。
そんなことを考えていると、俺がまだ寝ぼけていると思ったらしいシンが再び声をかけてきた。
「ゆっくりでいいけど、飯はちゃんと食って下さいよ。あんた只でさえ筋肉落ち気味なんだから、食わなきゃもっと痩せちゃいます」
茶化し気味に笑う表情が、ちょっと憎たらしい。
俺だって気にしているし、余計なお世話だと思わないでもないが、俺のことを心配してくれているのだし、嫌な気はしない。
多分、俺より年下のくせに、時々俺より大人のふりをしてみせるのが、いとおしいのだと思う。
そもそも、他人からは自分のことに対して無頓着にもほどがあると言われるくらいだから、シンくらい口うるさく言ってくれる人間がそばにいる方がいいのかもしれない。
いそいそと着替えて、食卓に着く。
だいぶ待つだろうと思ったのか、シンが空腹に耐えきれなかったのか。
皿は俺の分しかなかった。
「パンはもうすぐ焼けますから。ハムエッグ、卵2個でよかった？」
若草色のエプロンをして台所を動き回る姿が妙になれていて、一緒に暮らし始めたばかりの頃を思い出す。
当時は、俺もシンも料理なんかからきしで、生傷が絶えなかったものだ。
俺は今でも得意では無いのだけれど、シンはもうすっかり慣れてしまったらしい。
今となっては、シンが家事のほとんどをやってくれている。
まるで主婦だといえば、あくまで主夫だという。口で言えば変わらないだろうに、彼なりにこだわりがあるらしい。
「はい、パン焼けましたよ」
そう言いながら皿を俺の前に置き、ついで自分の分の皿をおく。
「俺のは朝のおやつです」
一緒にいられる時間を作ってくれているのだと言うことが、よく分かる。
「あんたさ、」
俺より後に食べ始めたくせに俺より早く、おやつだといった菓子パンを飲み込んでしまったシンが口を開く。
「最近、よく笑うようになったよね」
「･･････そうか？」
「うん。前はもっと、なんていうか･･････泣きそうな顔してた。最近はちゃんと楽しそうに見えるし」
心から楽しいとか幸せだとか、思ったことがないわけではない。
ただそれは遠い過去の話で、現実の、現状のものとして感じたことは確かにとても少なかったかもしれない。
自分の分と、俺の分との皿をシンクに運んでいったシンがこちらを振り返る。
「ま、あんたのことだから、気づいてなかったとは思うけどさ」
そういって笑うシンの笑顔がまぶしくみえた。
「あ。ねえアスランさん。ほしいものって何かある？」
「ほしいもの？」
「あんたもうすぐ誕生日でしょ。ほしいものとかしてほしいこととか、何でもサービスしますよ」
にいと笑ったあとで、できる範囲でですけど、と小声で付け足した。
「そうだな･･････ほしいものか･･････」
特別これと言ったものが浮かばないまま、時間が流れる。
ちくちくと響く秒針が刻む音に、シンのため息が重なった。
「･･････あんたって欲なさすぎますよ。ちょっとくらいわがまま言ったって良いのに。ほんとは我慢してるとかじゃないんですか？」
「そんなことはないさ。こうして、お前と一緒にいられるだけで十分幸せなだけだ」
シンの頭に手を伸ばす。
ふわふわと押し返す髪の弾力が心地良い。
「あんた、やっぱり欲なさすぎますよ。俺があんたのそばから離れる訳なんてないのに」
「じゃあ俺は毎日プレゼントをもらっているわけか」
「俺がプレゼントもらった気分なんですけど」
「そうなのか？」
「だって、あんた今、すっげー楽しそうに笑ってる。」
「それがプレゼントなのか？」
「それがプレゼントです」
特別な日だ何だと言ったところで、結局は大切な人が笑顔でいられることがなにより幸せなことだから。
大切な人を笑顔にしているのが自分なら、なおさら。
ぎうぎうと抱きしめてくるシンの腕の温かさこそが、なににも代えられない幸せだ、なんて思ったんだ。