耐える男と自由な男
「おはようございます」
平介は厨房の出入り口から先輩が入ってきたことによってはじめて意識が浮上した。
どうやら今回、深刻に参っているらしいと平介は自己分析した。
平介は昔から落ち込んだり、考え込んだりするとお菓子作りに没頭する癖があった。
それが高じて今の職に付けていると言っても、今回の自分の落ち具合は歴代最高と言ってもいいかもしれなかった。
「仕込み、それくらいでいいんじゃないか? 全部自分でやっちまう気か。フランス帰りは違うね~」
「いや、そういうつもりはなかったんすけど……」
「ははは、わーかってるって! またなんか悩み事だろ。材料無駄にしてオーナーに怒られないように注意しろよ」
「はぁ……」
高校を卒業した後、勉強もやる気がなく、興味があるのはお菓子作りぐらいだからという理由で、半ば親の強制で料理学校に入った。
そこでなぜか一人の先生にすごく気に入られ、その伝手でフランスにあれよあれよと言う間に留学する話がまとまり、気がつけば平介はフランスにいた。
その後、周りには白い目で見られつつ、なぜかこれまた有名なシェフに気に入られ、一通り学んで帰って来た。
日本に帰ってきてからも色々あったが、とりあえずここでは保留。
なぜか平介は、こんな風に周りから自分が思っていることと違う評価を受けることが多い。
別に故意があるわけではないのに敵視されたり、逆に好意的に取られすぎたりして困る。
だから平介を拾ってくれた今のオーナーに、自分を理解してくれている先輩は正直ありがたい。
……そして今回の平介の悩み事もそれ関係で、今回は後者だった。
「(な~んで俺なのかねぇ、あっくん……)」
話は数日前に遡る。
「あっくん、大学そっち受けるから今度下見に行くんですって。ホテルを一人で取るみたいだけど、どうせだから久しぶりに顔合わせしなさいよ。あっくん昔、あんたになついてたじゃない。あっくんにはもう平介の連絡先教えておいたから」
久しぶりに母親から連絡があったと思ったら、いきなりの展開。
あっくん、こと平介の年下の従弟の秋は、小学校に入る前、両親が共働きなために保育園の後平介の家に預けられていた。
平介も最初は戸惑っていたが、周りに「あんたの割にはよくやってる」と言われる程度に可愛がっていた。
平介は当時高校2年生だった。
「そっか、あっくんもう大学受験するような年になったんだ。何年ぶりだろ」
「あんたがフランスに行って以来じゃないの? 全然実家に顔出さないんだから」
「あー、ごめんごめん」
その後適当に近況を話し、電話を切った。
秋から平介の携帯に連絡があったのは、その日の夜だった。