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真昼の戯れ

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そろそろ腹の音がぐう、なんて間抜けな音を立てそうな3時間目。太陽は真上付近
にあって、日中独特の強い光が差す。明治人の思想を、事前に用意してきた通り
に機械的に説明する教師をそっちのけに、深い緑の、苔が濃く生い茂っている池
の底のような色をした黒板の上を走るたびにチョークが粉をたてて削れていくの
ばかり見ていた。早すぎる季節外れの粉雪みたいだなあなんて呑気に思っている
と、誰かの寝息と、静かにペンを走らせる音と、チョークが黒板と擦れ合う音と
、それぞれの教室のわずかに開けられた窓から漏れる教師の声とが混ざった、整
合性は低いのに耳に馴染む和音しか音が存在しなかった空間に、静止した水面の
中にほおり込まれた石によって波紋が広がるように、全く質の異なる音がほおり
込まれるのに気がついた。窓の外の太陽は申し訳程度に浮かんでいる雲に隠れる
ことなく光を放つ。質の異なる音の正体は蘇芳しか知らない。その証拠とばかり
に2つ先の教室から無造作にピシャンとドアが閉められるのが聞こえた。教室から
徐々に遠ざかる一人分の足音。機会は減ったものの、日差しに基本的に弱い悦史
は強い陽光の差す今日のような日が苦手だった。調子が悪くなったに違いない。
気になってしまい、ガタッと席を立つ。何人かの視線が束になって集まって向け
られる。
「先生、すみません、ちょっと貧血気味なので保健室に行ってきます」
若干視線を下に向け、額を抑える動作をする、声色も暗い。
「・・・おお、そうか、気をつけてな」
「はい、すみません」
ドアを開けて、誰もいない廊下に足を踏み入れる。小さな傷と染みが点々とつい
た、痛んでいる廊下の上を歩いた。


「・・・失礼しまーす・・・」
小さくノックをしてから、そっとドアを開けて保健室に入る。名前も知らない観
葉植物と、トイレ洗剤、衛生用品などが重なる側を通って、主のいない一室に身
代わりと言わんばかりに置かれた来室者名簿を眺める。そこそこ人が出入りして
いたみたいだが、今は蘇芳の予感通り、悦史が来ていて、それ以外は誰もいない。

「・・・・ん、蘇芳?」
「おおっ、大丈夫?」
ベッドを囲む薄青のカーテンから悦史が顔を覗かせる。眼鏡は外していた。少し
青白い顔をしていたが、酷く悪い状態ではなさそうだ。一先ず安心する。
「平気だよ。・・・何だ、蘇芳も休むのか?」
「うん、貧血で」
「何だそりゃ」
嬉々として悦史の名前の下に自分の名前を、欠席の欄には"貧血"と書き込む。口
調はあんな粗野な癖して、根はやはり乙メンなのか、悦史は字が綺麗だ。相変わ
らずの汚い自分の字を眺めて、一人ニヤつく。今日はちょっと細工をしてみたの
だ。
「えつっさん、えつっさん」
その辺にあった適当な丸椅子を引き寄せる。ギギィッと一瞬嫌な音がする。
「・・・・蘇芳の方が体調悪いんじゃねェ?どうしたよさっきから楽しそうに」
「えへへー、じゃんっ」
訝しげな顔をして悦史は差し出された物を受け取る。特に何か変わったところは
なさそうに見えた名簿だが、ある部分を見て一気に顔を羞恥で赤く染める。名簿
を持つ手が震える。
「す、すすすす蘇芳おまえバカ何書いて、」
「ふつつか者ですがよろしくお願いします」
妙に礼儀正しくお辞儀をしてみせると、蘇芳に名簿を勢いよく押しつけくる。恥
ずかしすぎて上手く口が回らない。
「ば、ばばバカ!!!ふつつか者ですがじゃねェだろ!!!みょ、名字俺と同じ
にしやがって・・・・け、けけ結婚したみたいじゃねェか・・・・よ・・・・」
堂々と顔なんて見れたもんじゃなかった。後で確実に人に見られるようなところ
にこんなことをされたら恥ずかしいのに決まっている。食い入って見つめすぎて、
このまま視線を下に向け続けていたら繊維まで見えそうだ。
「や、だから言ったじゃんよろしくお願いしますって。まあ指輪はもう貰ったよ
うなもんだけどさ」指輪、と言われてはっとして蘇芳の胸元を見る。長い年月を
経て、蘇芳が帰ってきて、思い出して、そしてもう一度恋をして。本当に自分の
物になったことに対して半信半疑だった。元々他人を信用などしたことがなく、
初めて心から信じた、目の前で照れ笑いしている人に一度は裏切られている。不
安と、やっと手に入ったものに対する自慢したさとか愛しさだとかがごちゃ混ぜ
になった結果、胸元にそれらを形にしたピアス、ならぬ指輪を贈った。
「・・・・蘇芳」
「ん?」
顔を上げられるくらいに熱がやっと引いてきた。ベッドから少しだけ身を乗り出
す。手をそっと被せるようにすると、手のひらの微熱に反応して震えるのが分か
った。待ちわびていたかのように、蘇芳が目を閉じる。身体的に感じている唇の
感触は毎度同じなのかもしれない。でも、何度重ねても飽きるどころか求めてし
まうのは、一回一回が特別で、その度に伝わる熱が、気持ちが、たまらなく嬉し
いからだ。
「・・・ん、んんッッ」
口付けの悦びに打ち震えていると、胸の辺りから小さな電流のような、僅かだけ
れど確かに身体の奧を疼かせる快感が生まれる。悦史の手がシャツ越しに乳輪の
辺りを撫でて、時折ピアスの輪に軽く爪をかけてほんの少しだけ引っ張っていた
。このまま身を委ねてしまいたい。でも学校ではこういう行為は控えようと日頃
悦史に言っているのは蘇芳だったし、控えようと思っているのは事実だ。焦れっ
たい快楽の熱と理性がせめぎ合う。どうしようかと思っていると、手が胸元から
離れていき、一緒に唇も離れていった。
「・・・・はぁッ、え、えつっさん、学校ではダメだって言ったのに」
「フン、だから辞めてやったじゃねェか。約束は守るもんだからな。・・・・何
だ、もう少しして欲しかったか?」
形成逆転とはまさにこのこと。今度は悦史がイタズラに成功した子供のように笑
っている。
「・・・・ッッ!え、えつっさんのバカああああ!きちく!」
この先を期待していたのは図星だったようで、蘇芳は顔を赤くしている。
「ッハハ、さっき俺に恥ずかしい思いさせた分の仕返しだ。・・・・ま、まあ、
結婚はその、俺もか、考えてたから、嬉しくないわけじゃねェけど・・・・」
「・・・・・・!!えつっさん・・・・!!」
突然蘇芳の姿が消えたと思いきや、上履きを履いたまま、上半身だけ悦史のいる
ベッドにスライドさせるようにして思い切り抱きつかれていた。一瞬驚いたが、
ゆっくり蘇芳の背に腕を回す。ただ抱き合っているだけなのに、芯まで満たされ
る心地がした。
「じゃあ最初の共同作業ということで・・・一緒に寝よっか」
「バァカ、毎日寝てるだろ一緒に」
上履きを脱ぎ捨てた蘇芳の足がベッドに入り込んでくる。間もなく二人は互いの
体温の温かさに包まれるようにして眠りについた。

作品名:真昼の戯れ 作家名:豚なすび