朝が寒い
布団のなかでぬくぬくと熱に包まれてもう一眠りしたいところではあるが、今日も平日・学校へ行かなければいけない。
「うー」とうなり声をあげて、頭まですっぽりと布団にくるまる。
けれど頭上ではピピピと携帯のアラームが目覚めの時間を音で知らせてくる。
ひょこりと顔だけ出して、携帯を恨めし気に見つめると、指先でボタンを押すことで音を止める。
そのまま布団を剥がなければいけないけれど、もう5分・・・せめて3分、と心の中で時間を数える。
優に5分はたってから、ようやく観念して布団から這い出すと、防寒力のきわめて低い帝人のアパート内は底冷えする寒さだ。
一気に冷える体を震わせながらハイスピードで着替えをすます。
これをのろのろしてしまうと、寒さに堪えられない。
着替えをすますと洗顔を済ませて歯を磨く。同時にヤカンに水を入れ火にかける。
ヤカンが沸騰してピーとけたたましい音を立てる前に鞄に今日の荷物を詰めた。
沸騰したお湯をインスタントコーヒーの素が入ったカップへと注ぐ。
粉末を丁寧にスプーンで溶かして一口飲むと、お腹の中が温まる。カップを両手で持って、冷えている手も温める。
こうして得た熱なんて、一歩外へ出れば瞬間的に消えてしまうものだけど、一時の暖かさぐらいは享受したいものだ。
飲み干したカップを洗って、まだ身に着けていなかったネクタイを締める。
鏡なんてものはないので、うまくつけられているか最初の頃は不安だったものだが、慣れてしまえばなんてことはない。
靴をはいてトントンと軽く数度地面を蹴る。
最後に鞄から鍵を取り出して、室内を振り返った。
窓も閉めた、当然鍵もかかっている。
こんなボロアパートのセキュリティなんてないに等しい。鍵はかけておいて損にはならない、という程度だ。
お湯のためにつけた火も消えているし、水漏れもしていない。
パソコンは昨晩シャットダウンしたままで電源はきちんと切れている。
ぐるりと狭い部屋を視線で一周すると、ようやく帝人は部屋のドアを開け外へ出た。
とたんに体を覆う冷たい空気に、先ほどのコーヒーの暖かさなんて一瞬で消し飛んだ。
ぶるりと体を震わせながら、帝人はドアを閉める。
その寸前、毎朝お決まりのセリフを呟いた。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい帝人君」
片付けていない布団の中、裸体のままでにこやかに手を振る折原臨也を残して。
+
朝は熱くなる。
くしゅんと小さなくしゃみで目が覚めた。
ぼーっとした意識のままで、傍にいるはずの暖かさを求めて手がベッドの中を這い回る。
ようやく探り当てた小さな体は、何も纏っていないままベッドの上で寒さに震えていた。
どうしてシーツすらかぶっていないのか、という疑問が湧き上がるけれど、きっと意外と寝相の悪い子どものことだから、コロコロと転がっていってしまったのだろう。
むしろどうしてその体を自分は抱きしめておかなかったのか。
そう思って臨也は腕をゆっくりと伸ばし、小さな少年の体を抱きしめる。
くしゅん、ともう一度くしゃみを漏らす可愛らしく赤づいた唇に、己のそれをぎゅっと押し付ける。
温かさを分け合うように吐息を流し込めば、もっととせがむように唇が開く。
舌先を伸ばして、軽く上あごをくすぐってやると、「んぅ」と小さな声が漏れた。
それになんだか興奮してしまって、調子に乗って素足をからめてみる。
足先なんて氷のように冷えていたので、自分の熱いんじゃないかと思うほどに熱を持った足を押し付けた。
冷えた肩を撫でて、背へと滑らせる。そして両手だけで一周できてしまうのでは、という細腰を掴み寄せる。
足と同じように絡めあっていた舌を口内から引き抜くと、とろりと口の端を唾液が伝う。
はふ、と息をついてからそれを丁寧に舐めとった。
すると、長い睫毛がふるりと震えて、ぱちぱちと大きな瞳が姿を現す。
ちゅっと広めの額に口づけると、むずがるように首を振って、俺の胸にすり寄ってきた。
猫みたいだ、と思いながらその頭を撫でてやると、これまたもっとと言わんばかりに胸に顔を押し付けられる。
ふにふにの頬が気持ちいい。
帝人君のまだ冷たかった手が、腰に回ってぎゅぅっと抱き着かれる。
たぶん俺の兆しているものが当たっているだろうけど、気にしたようすもなくぎゅうぎゅうとくっつかれて、まるで子どもを相手にしているみたいだ。
いや、7つも年が離れているんだから、確かに俺から見たら子どもなわけなんだけど。
少しばかりの罪悪感と、それ以上の帝人君の愛らしさに対する熱情が高まる。
この子はどこまで俺を虜にすれば気が済むんだろう!
体を寄せ合って、腕も足も絡めあっていると、もうこのベッドから出たくなくなる。
その気持ちも込めて抱きしめていたんだけど、俺の恋人(そう恋人!)はパッチリと目を覚ましてしまったらしく、はにかんだ笑顔を見せて
「おはよぅございましゅ、いざやさん」
と舌っ足らずに告げてきた。
だから俺はこう答えてあげる。
「おはよう、帝人君。ね、食べていい?」
「死ね」
絶対零度の眼差しで切り捨てられた。
ホントにツンデレなんだから!