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iFeliz cumpleanos / サンプル

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どこか、真っ白いところを歩いている。茶渡は二歩ばかり先をゆっくり歩いている。雨竜はその後をついていく。
少し歩くと茶渡は雨竜を振り返り、手を繋ごう、というように左手を伸ばしてくる。そうすると雨竜は、振り返られると同じようなタイミングで目線を反らし、手を後ろに回してしまう。それを見て茶渡は困ったように笑って、またゆっくり歩き出し、雨竜はその後をついていく。
延々と続くかと思うその風景が、ふと止まった。茶渡はどんどん先を行くのに、雨竜の足が動かない。見ると、いつの間にそうなったのか足元は一面砂で、既に足首まで砂に埋まり飲み込まれようとしていた。

(茶度くん)

 あんなに手を伸べてくれた茶渡は、もう振り返らずどんどん遠ざかっていく。

(茶度くん)

 それにしてもここはなんて冷たい所だろう

冷たくて暗くて胸が押し潰されそうだ………



                ◆



「……っ寒ッ!」
 肩を大きく震わせると、跳ね上がった飛沫が雨竜の顎を濡らした。
 いつの間に眠ってしまったのか、浸かっていた風呂の湯は温いを通り越してまるで夏のプールのような温度になっていた。
 水の中で全身を瘧に罹ったように震わせながら、シャワーに手を伸ばして赤い印のついたカランを捻る。数秒待って出始めた湯を首、肩と少しずつ位置を下げながらかけていく。家庭教師のバイトを終えた週末、たまにはシャワーではなくゆっくり風呂に入ろうと思ったのに、晩秋の気候のせいなのか単に疲れからなのか、ともかくこれではいつもと変わらない。
 大人しくシャワーにしておけばよかった、とある程度手足が温まった所で雨竜は浴室を出た。着替えを済ませ、髪にドライヤーをかけて茶の間に戻る。ローチェストの上に電話と並べて置いてある、商店街のクジで当てた電波時計は真夜中の三時を打ち出していた。
 電話用のメモ帳に添えてある幾つかのペンのうち、一番芯の太いものを取ると、カレンダーのもう昨日になってしまった日の数字に大きく×を書いた。


 茶渡がいなくなって、もうどのくらい過ぎたのか。こうして律儀に印を付けてはいるが、あれから何日が過ぎたのか正確には分からなくなった。高校の頃にも突然行方不明になり散々周りを心配させた挙句、一週間ばかりしてひょっこり帰ってきて何事もなかったかのような顔をする、そんなことをたまにしていたので、連絡が取れなくなって暫くはその類だろうと気に止めることもなかった。
 十日程が過ぎ、雨竜の部屋の電話が鳴った。出てみると相手は同じ大学の別な学部に通っている一護からだった。
「チャドから何か連絡あったか?」
 近況を話し合った後、一護はそう切り出してきた。
「何もない。いつもの放浪癖が出ただけだろう?心配しなくともそのうち帰ってくるさ」
「いつものって言うけどなぁ…あいつ、二月で学校辞めてるらしいぞ。バイトもだ。一週間やそこらで帰ってこようってヤツが、そんなことをするか?」
「さぁ…どうだろうな」
 抑揚のない声で返事をして、カレンダーを見た。一ヶ月前か、と口の中で呟いた。
 最後に茶渡と会ったのはこの部屋だった。今、立っている後ろにあるローテーブルで夕飯を一緒に食べた。バイト帰りの茶渡はいつものようにテレビが一番良く見える所に座って、うまいなぁと何度も言いながらおかずをきれいに平らげてご飯のおかわりもした。会話も、帰りがけに玄関でする一分足らずの接吻も、いつもと何も変わらなかったと思う。連絡がつかなくなったのはその次の日からだった。
 一護の言うことが本当なら、茶渡はあの日には何もかも決めていて、何も言わずにいなくなったのだ。引き止められることを怖れたのか、何か他のことなのかそれは知れないし、仮に今聞くことができたとしても答えてくれないだろう。親友はおろか自分にさえ何も知らせなかったという事実を聞かされても、雨竜には怒りや落胆の何の感情も湧かなかった。
「アパートは保証人の方で何とかするらしいけど、何かあったらうちで引き受ける」
「そうかい。……知らせてくれて、感謝する」
 他に言いようがなかった。
 そのまま受話器を置こうとすると、向こうから呼び止められて再び受話器を耳に当てた。
「心配とかそういうの、ないのかよ」
「いつもの放浪癖だろう、とさっき言ったと思うけど」
「お前の話だ、答えているつもりか?」
「僕?…心配などしていない。第一そんなことをして何になる?茶度くんが帰ってくるとでも?」
 受話器の向こうから、怒りを抑えるように息が吐き出されるのが微かに聞こえた。
「あいつにとって、俺たちとお前は違うっていうことは分かってるんだろ?それなのに、薄情って言うか…冷たいって言うか」
「僕が不安な顔して、毎日駅の改札にでも行けば君らは満足するのかい?」
 喉の奥で笑う。
「それに僕は、薄情や冷淡なんかじゃない」
 雨竜はカレンダーの、最後に茶渡と接吻した日と同じ数字を指先でなぞった。
「鈍いんだ」

 あんな夢を月に何度か見るようになったのは、そんな会話をしてからだった。

 あの日は、何日だった?何ヶ月、経った?

ペンを元の所に戻すとのろのろとベッドに潜り込み、瞼を、閉じた。



2007.11.04
作品名:iFeliz cumpleanos / サンプル 作家名:gen