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「ほとんどの衝撃を、ビルが吸収してくれたのだからな」

 言うと、もう用はないという風に背中を向ける。アランドロンもあとについて歩き出したその時。

「待てやああああああああああ!」

 建物の間、静かだったその場所に耳をつんざくほどの蛮声が響いた。
 ヒルダがゆっくり振り返って見上げると、胸元にベル坊を抱いた男鹿が立っていた。左手でベル坊を支えたまま、振りかぶって黒い何かを投げる。
 とさっ、と地面に落ちたそれをアランドロンが拾って広げると。

「……何のつもりだ?」

 それは男鹿の着ていた短ランだった。見るだけ見て興味もなさそうに尋ねる。

「それ羽織っとけ。んな格好で帰ったら俺が変な勘違いされる」

 きっぱり“困る”と言う彼の目線は真っ直ぐヒルダに向けられていた。アランドロンが砂埃を払ってヒルダに手渡す。

「……フン。もうすぐ坊ちゃまのミルクの時間だ。早く帰れよ」

 まだ少し熱の残る短ランに袖を通すと、男鹿に背を向けて歩き出す。
 男鹿の胸に抱かれたままのベル坊だけが、彼の満足げな表情を見ていた。
作品名: 作家名:千砂