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赤い夜の明けるとき

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『ありがとう……』

 操の声が響いた。地に足が着く感覚に三人が目を開くと、彼女は居なくなっていた。

「あの人、操さんは……」
「姿を消したようだ。アワリティアの居ないこの世界でも、生きていくんだと思う」

 美鈴の言葉に頷きながら、駆はゆかに制服を貸してやった。周りを見てみると、校舎や遠くに見える新綾女ヶ丘の街は元通りになっていた。ふと気配がして美鈴が振り返ってみると。

「雪子、賢久、菊理、栞……!?」
「え……なんで、私……?」
「傷一つねぇ……どういう事だ、これは」

 倒れていた四人が身体を起こす。菊理も不思議そうに視線を漂わせた。彼らはこの世界や赤い夜、別の世界で死んだはず……。

「彼が、そう望んだから」

 立ち上がった栞が、服の汚れを払いながら口を開いた。皆が視線を彼女に向ける。そんな事を気にもせずに、駆に向かって話を続けた。

「劫の瞳を持つ者……その瞳の能力は、未来を視るだけではありません。その真価は未来を引き寄せ、掴むこと。あなたが、この世界での『明日』を望んだから」
「俺が、望んだから……」

 話の中心である駆さえ栞の話についていけずにいた。

「とりあえず、私の家へ……」

 皆が呆けている中、落ち着いて話をしようと美鈴が誘導した時、ただ一人が思いついたように駆け出した。

「賢久!?」
「何処へ行こうとしているんだ?」
「行きましょう! 先輩は、きっと……」

 雪子の言葉に全員が頷き、あとを追う。彼が目指したのは保健室だった。原型を留めていなかったはずのその場所も、そんな事があったのかという位に元通りになっている。
 扉の前で息を整えると、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。

「……彩子」
「賢久ぁ! 迎えに来なさいって言ったじゃない!」
「あ、あぁ……悪ぃ」
「まぁいいわ。さて、焼肉やきにくー!」

 一瞬呆けた賢久もすぐに、仕方ないな、と言うような態度で保健室を出て行く彩子の後をついていく。追いついた駆の隣で立ち止まり、顔を見合わせた。

「……駆。ありがとうな」
「賢久……」

 照れくさそうに言うだけ言って、マイペースに歩き始める。息も乱していない雪子の頭にぽん、と手を置くと。

「ほら、おめーも行くぞ!」
「……っ、はいっ!」

 泣きそうな、それでも本当に心から嬉しいという笑顔で頷くと、頭をぺこりと下げてから賢久のあとを追って行った。

「……雪子ちゃん、よかったね」
「ああ、そうだな」

 ゆかの言葉に、駆をはじめ全員が頷いた。それぞれの表情は満足そうだった。

「さあ、帰ろうか。ゆかはここでジャージでも借りて来るといい」
「はい」

 綾女ヶ丘の夜は、ようやく静かにふけていった。
作品名:赤い夜の明けるとき 作家名:千砂