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エスカー

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「正直さァ、ホントに車出してくれるなんておもってなかったんだよねー」
窓の外、流れる景色に目を奪われるふりをして。
「そら車出してって行ったのは俺だけどさ、朝六時にチャイム鳴って、外出たらアンタが車で待ってた時にはホント、白昼夢かと思ったよね」
硝子越しに、隣に座るうつくしい鬼を眺める。夕暮れの時間、沈み行く太陽を背にして車は走る。

「嬉しい誤算、なんちゃって」
態とらしいリップサービス、ゆっくりと沈んでいく太陽、に照らされた男の銀髪。真っ直ぐ前を向く銀の瞳。鬼はくすりともしなかった。読めないなァ。俺は態と大きく一人ごちた。

日曜の夕方、夕陽に追い立てられるように貸し切りじみた山道をがたがたと車は進む。屠蘇の血を以て母を蘇らせる、と言うのが鬼の最終目的らしーけど、それにしちゃ寄り道が多すぎる。なんで俺の買い物に付き合ったりしたんだか――ぐねぐねとうねるそれは、まるで今走る山道みたい。助手席って言う事故った時、一番死亡率高い位置に俺が乗ってるあたり、リアルだなァ…。なんてほくそ笑んで、窓に移る鬼を、指先で秘かに突っついた。

車は一里、都会から→茂狩村へ。行きしに茂狩村から→都会へと走った道を遡っていく。窓の外は、ごみごみした雑居群から→段々と見慣れた森へ。付けっぱなしのカーステレオからお気楽ナンバー、合わない、合わない。口ずさんでみたけれど、勿論鬼はこちらを見ない。そんなに車道が好きかな。妬けちゃう――なんて。
「ねー旦那」
信号で車が停まった時を見計らって、俺はシートから背を起こした。車なんてこれ一台しかないのに、真面目なことで。
「…ん」
その顎に手を掛けて此方を向かせて、薄く開いた唇にそうっと、自分の舌を差し込んだ。鬼は抵抗しない代わりに、自分から何をするということもない。まあ、いいよ。好き放題その口内を凌辱して、それから俺は唇を離した。つうっと銀糸が糸を引く。にたっと笑っても鬼は何も返さずただ無表情に、既に変わっている信号へ車を走らせた。俺も何事もなかったように、またシートへ深々と凭れ掛かる。内心では、次の信号では何をしてやろうかと思いながら。

鋭利な横顔は、やはりあの銀の面影を連想させる。横目に鬼を見上げて俺は思った。
隣にいる兄と比べても遜色取らない、それどころか俺にとってはそれよりもずっとずっとうつくしい俺の鬼。彼奴は気付いてないだろうけど、彼奴は小さい時からずっと俺のものなのだ――その"事実"を、隣に座る、仏頂面の鬼の死と言う"事実"で叩き付けてやる。その時の彼奴の驚愕を、想像するとぞくぞくした。長年の努力の甲斐あって、その"事実"はもう手の届きそうなところまで来ていた。鬼に取り入り、利用できると思わせる程度の信頼を得た。あとはタイミングを見計らって殺せばいい。長年のこの歪な関係に、終止符を打てばいい。終着駅はすぐそこだ。エンストしちゃう前に、さっさと中古車は廃棄!


「……なあ、旦那」

どうしてそんなことを言ったのか、今でも解らない。沈み行く夕陽の美しさにセンチメンタルにされたせいか、俺を無視し続ける男に苛立ったせいか、わかんないけど。

「逃げようか」

俺は、自分自身思いもよらない血迷いごとを、あたかも本心であるかのように囁いた。
「逃げちゃおっか、…このまま。車、Uターンして、村なんて捨てちゃおっか」
窓ガラスに映る俺は、嫌に冷めた顔をしていた。…ふと、車内に沈黙が落ちる。嫌に大きく聞こえるお気楽ナンバー。そら、そうだ。今日一日喋ってたのは俺だもの。
この鬼と来たら感情を表に出すこともなく、たまの気のない返事以外はむっつりと黙ってばかり。
にげよう、…か。嫌に冷めたおれがいう。
俺の囁いた誘惑は、硝子に反射されたように俺自身に返ってきた。動揺。…おいおい、何言ってんだ。今さら俺は狼狽える。もし、もしもしもしもしもし!!万一こいつが、受け入れたら、どうす、る………ぅ、ていうか、どこへ、

がたん。車が大きく揺れた。飛び出しそうになった心臓を押さえて窓の外を見回すと、景色が止まっている――停車?Uターン、でも、する気じゃ…俺はシートから飛び起きて男を見た。
「み、」
まさか、なんて思いが頭を過ったが、……あ、ああ…。事実はなんてこともない。信号だ。
一瞬の緊張が、一握の期待が、解ける。俺は安堵とも失望ともつかない溜め息を吐いた。だよ、なあ。と呟いた俺の声は、存外に残念そうだった。
変な空気にならないように、俺はフォローに口を開く。冗談。冗談。俺は再びシートに凭れた。車がまた大きく揺れて発車する。先程の動揺が急に馬鹿らしくなった。

「あー…」
会話と言うのは、一度途切れると再開させるのは至難のわざだ。さっきまで、俺は一体何を喋っていたのだろうとおもう…どうせ、下らないことだ。どうでもいい、ことばかり。
溜め息を吐いて目を伏せると、急に睡魔が襲ってきた。6時に起こされたんだから、しょうがないか――車の揺れも、静かな車内も、睡魔を引き寄せる大きな一因となる。

「……ちょっと寝るんで、村の入り口着いたら起こしてくださいね。俺を車に乗せてちゃまずいでしょ……ふ、あ」

俺は額を硝子に押し付けて目蓋を伏せた。俺を殺そうと思っている男の隣で、気を許して寝入るなんて俺も、馬鹿だなあ、なんて思いながら睡魔には抗えない。この人ったら、妙な安心感みたいなものがあるから嫌だなあ…

カーステレオの音が、段々小さくなって途切れる。大きな掌がくしゃりと、子供にするように俺の頭を撫でた――……どっちも、夢だったかもしれないし夢じゃなかったかもしれない。すぐに寝入ってしまった俺には、それがどうだったのかわかることはないのだけど…夢を見た。夕陽に追い立てられるように、走っていく車の夢。開いた窓から吹き込む風が、微笑む彼の銀髪を揺らした。



作品名:エスカー 作家名:みざき