しろい世界でひとり
陸橋の階段上る足音がカンカン、とやたら響いて気に障る。橋の下を走る緑の電車の探照灯が時折眩しくひかった。ミルクの底のような、こんな霧の日でも走るものなのだな、と少し感心しながら、上りきった階段から橋の上へと足を向けたとき。視界を掠めたのは小さな人影。
白く塗りつぶされた視界では、おぼろげな輪郭線しか視覚できない。けれど予感があった。
「みかど」
名を呼べばその人影はくるりと踵を返した。
「帝人」
予感が確信に変わる。橋を蹴る。その名を叫びながら橋の上を駆け抜けた。段を二三個抜かしながら、転げるような勢いで階段を下りる。
「……居ねえ」
足が速いとは言いがたい、あのこどもがあの距離で逃げ切れるとは思えなかったが、その姿はしろい闇に紛れて気配すら掴めない。まるで幻のように。むしろ最初から居なかったかのように。掴み損ねた手のひらをぎゅうと握り締めて。しろい世界でひとり、男はうなだれた。