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ワールドエンド

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【ワールドエンド】

 生気を失った無機物というのは不思議と青空に映えるのだ、と思った。
 どういうわけか、昔からゾロにはモノに宿っている命が見えた。そんなふうに表現すると大層な能力のように思えるが、要するに、「まだ使えるか、そうでないか」がわかるとか、その程度のものだ。野菜が腐っているかそうでないか、見分けるのと似ている。
 そして、ゾロの見立てる限り、目の前に積み上げられた山を築く数々の物体は、ことごとく死んでいた。ゴミの山の中に立ってみたって、こう死んでいることは無い。多くの人々にはモノの命が見えないから、ゴミとして捨てられたモノの多くにはよく風前の灯火が燃えているものなのだ。けれどそれらはすべて死んでいた。ある意味で、驚くべきことである。
 そして、それを積み上げる男は、ちょっと無いくらいに生きていた。
 積み木遊びでこうも楽しそうに笑う男を、ゾロはいまだかつて見たことがない。確かにこの積み木はあまりにも巨大だけれど、だからどうと言うのだろうか? 積み木は、積み木だ。大なり小なり、それは遊びであるはずだ。
 いやしかし、男は、遊んでいるのだった。全力で遊んでいるのだ。そして生きている。これはゾロにとって、目が覚めるような発見である。
「どうだ、俺に見下ろされる気分は!」
 瓦礫の山の王様はふんぞり返って笑っていて、ゾロは、上を見上げたためにぽかんと開いた口を無理矢理に閉じるだけで精一杯だった。なんとも……なんとも。
「随分と、楽しそうだな」
「そう見えるか?」
 得意げに歪んだ眉毛すら、今にもその顔の上から飛び立ちそうな様子だった。

「あれは、俺のライフワークさ」
「ライフワーク?」
 ゴミを積み上げることが? と、思わず呟くと、ゾロの脛を向かいに座った男の足が打った。そこでゾロは今の発言が随分と尊敬に欠けていたことに気付くが、侘びの言葉を呟こうとしたときには既に、男はキラキラと輝く瞳で瓦礫の山の頂点を見つめているのだった。
「……何か、理由があるのか?」
 半ばわかっていて聞いたような質問だったが、男にもそれは伝わったらしく、今度は脛蹴りは返ってこなかった。代わりに男は自分で入れたホットコーヒーを啜って、器用に眉毛をクイと上げる。端が変なふうに巻いているから、そうするとグルグルと回るように錯覚すると、近くで見ていてゾロは気付いた。変な男だ。
「理由なんて、無いさ。そうしたからそうしてるんだ」
 その答えを、ゾロはずっと前から知っているような気がした。これから死ぬまで、一生知れないような気もした。もちろん、今ようやく知ったような、そんな気もしたけれど。
「ただ、なあ」
 男が両手で包むカップは何かの金属で出来ているようで、随分と無骨だったけれど、ゾロはそれに厳しい生命を感じた。このカップは長く生きることだろう。男はこいつの中で揺れていた冷たいコーヒーに、熱したコテを突っ込んで温めたのだった。
「いつか、あいつが途方も無いくらい高くなったとき、何かにたどり着いたら、そりゃいいなとは思うけど」
「何かって、なんだ」
「何かって、何かさ」
 うん、と唸りながら、ゾロもコーヒーに口をつけた。不味くはないけれど、なんとなく金属の味がする。
「それは天国か?」
「ハハ。お前、俺をバカだと思ってんのか?」
「……」
 ゾロが否定しなかったのは返す言葉が特に見当たらなかっただけなのだけれど、男はまたゾロの脛を蹴った。笑っていたから、冗談の一環なのかもしれないが。
「そういうことじゃねえって。俺の夢は、もっと近くにあるんだ」
「……」
 わからないことがあれば、沈黙を。それがゾロの潔さだった。
 風がびゅうびゅうと吹いている。広い広い荒野には瓦礫の山と青空と、ほんの小さなテーブルと椅子とがあって、ゾロは、自分の命が巨大な無生物には到底及ばないものなのだとはじめて知った。
 風に山の中の鉄板か何かが揺れて、ギイギイと音を立てていた。ギイギイ、バタバタ。溶接がうまくいっていないのだろう。しかしそれは、それで完成しているのだ。そのくらいのことは、ゾロにもわかる。
「……もしかしたら、高い山を作って見つかる何かは、地上にあるのかもしれねえなあ」
「そうなのか?」
「かもしれねえ、って話さ」
 へェ、と呟いて、ゾロはぼんやりと男の背後の山を見つめながら自分のコーヒーを一気に飲み干した。苦味と渋みと金属のにおいが、瞬く間にゾロの喉を駆け抜けていく。
「あ」
 今死んだ、とゾロが呟くと、ぽっきり、カップの持ち手が折れた。
「……それもくっつけよう」
 壊れたカップを持ち上げて、男が山に向かっていく。金髪が風に揺れている。俺も行く、とゾロは立ち上がった。

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このタイトルで一度なんか書いてみたかったってだけ
作品名:ワールドエンド 作家名:ちよ子