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おかえり、おやすみ、よい夢を。

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「……畜生めが」
 結局宣伝をすることもなくスペインは寝入ってしまった。店の親父に声を掛けてブランケットを借り、ばさっとその肩に掛けてやる。風邪でもひいたらどうすんだ。
 どっかりと横の席に座り込み、その寝顔を見やる。
「……」
 肩からずり落ちそうになっているブランケットがどうしても目に付くから、仕方無く。仕方無く、しっかり体を覆うようにそっと掛け直してやった。
 ゆるっゆるの寝顔をもう1度見た。使命を果たした満足感からか各国を回った疲れからか―――きっと両方だ―――とても穏やかに眠っている。
 寝酒は習慣にすると体に良くないんだぞこのやろー。ふにふにとその頬を突っつくと、その感覚が気になるのか、眉を寄せてむにゃむにゃと呟いた。
「……かっこええところ……」
 さっきのことをまだ気にしているらしい。
 ……ちょっとだけ、嘘だ。一度もかっこいい所を見たことがないなんて、そんなのは嘘だ。こいつが太陽を一身に受けていたのは大昔の、それこそ本当に、数百年という年月から見ればほんの短い間だけ。それでも。憧れないはずがない。憧れなかったはずがない。邪魔者を薙ぎ障害物を屠りきらめく富と時流を手にしたその姿に、いつか、と自分を重ねたのは嘘じゃない。同じものとして、憧れないはずがなかった。だってあれは俺達の本能の最終地点だ。もっと豊かにもっと強くもっと広く。俺達として、あれは最高の誉れだったのだ。それはきっと現代(いま)でも、多分。
「……」
 俺もカウンターに片頬を付け、スペインの頭に手を伸ばした。弾力のある短い髪を、指先でくるくると弄ぶ。
 そして、俺の言う「かっこ悪い所」をたくさん見たのは本当だ。1人また1人とこいつの元から人が去っていく様は、悲しいだけでなく痛ましげで、哀れみを誘った。頂点を極め尽くした時代を見て知っていたからこそ、余計に。
「ばあか」
 こちらが泣きたくなるぐらいのスペインの激情を感じたのは、俺に見せた背中と、俺に伸ばした手からだ。あまりにもまっすぐに向けられる感情に俺は恐怖し、同時に背筋が震えるほどの喜びを得た。「かっこいい」などという言葉で表すには、あれはあまりにも苛烈で、強烈で、鮮烈だった。
「……でもあれを、かっこいいって言うんだろうな……」
 かっこいい所もたくさん見たけど、かっこ悪い所も見尽くした。親分と子分などという関係は終わったのだ。未だにスペインが親分を名乗るのは、あくまでも親分としてあらねばならないというプライドが理由なのだろうか。
「かっこ悪くてもいいんだよ。幻滅なんてしねーから」
 俺はスペインの髪を梳いている。全くよくできた親父だ、独り言を言う俺に構わず、カウンターの向こうの少し離れた所で、磨くグラスに視線を落としてくれている。
 さて、と俺は髪から手を離して席を立った。親父に声を掛けてチェックしてもらう。しょうがねえから俺が払っといてやるよ。「子分」に金出させるなんてかっこ悪いの極みだろ。ざまあみろ。
「スペイン、起きろ。帰っぞ」
「……うーん……?ロマぁ、俺かっこええ?」
「あーあーかっこいいよ」
 ぺちぺちと頬を叩いて軽く覚醒させる。流石に全く意識の無いスペインを運ぶのは難しい。
「……よっと」
 親父の声を背中に受けながら、俺はスペインに肩を貸して店を出た。目指すはそう遠くない俺の家だ。
 スペインと俺の体格はもうそんなに変わらない。肩を貸して連れ歩くぐらい訳ないのだ。……本当はちょっとだけ辛いけど。畜生、スペインめ。明日の朝飯はお前が作れよな。そんなことを考えながら俺は夜道を歩く。この様子じゃ風呂に入らせることも無理だろう。めんどくさいからこいつはベッドに放って、俺も一緒に寝ちまうことにする。そうだ、明日(あす)の朝、シャワーを浴びる前に目覚めたこいつに「おかえり」と言ってやろう。そしたらスペインは寝ぼけながらもきっと、とろけるようないつもの笑顔で「ただいま」と返してくれるに違いないのだ。