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【スキフェス】RE:in【エルシャダイオンリー新刊サンプル】

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 雨が降っている。
 空は真っ黒。地面も真っ黒。水の落ちる音。
「これは『雨』だ」
 ビニール傘を差し、佇むルシフェルが話す。
「雨は地上界でしか見られないな。いや、降らない、と言ったほうが正しいか」
 右肩に預けた傘の柄をくるりと回して弄ぶ。左肩越しに見えたイーノックが小首を傾げたので、ああ、もう少し話してやらなければならないのかもしれない、とルシフェルはふと思う。ここには彼しか知り得ない物事が多すぎる。
「天界の気候は神が一定に保っているから、悪くなることなんてない。いつも快晴だ。過ごしやすい。まあ彼を怒らせるような出来事があれば大荒れ、なんてことになるかもしれないが」
 ああ見えて結構気分屋なところがあるらしい、と足せば、歩み近付くイーノックが苦笑する。彼は傘を持っていないので先刻より雨に打たれ続けているが、ルシフェルがそれを気にする様子は特にない。イーノックが自分の隣へ来るのを待っている。あまりに手持ち無沙汰なので傘を回す。こんなときに限ってイーノックの歩みはゆったりとしているから、おまけに他愛のない話でもしてみる。
 あらゆるものを救うべく旅立ってからというもの、しばしば遭遇したかもしれない場面である。
 待ちきれないのか、ついにルシフェルは身体ごとイーノックがいるであろう方向を振り返る。
「イーノック、疲れているだろう、早く――」
 が、見えない。何も、見えない。そこにあるはずの景色も、いるはずのイーノックも。
 雨。豪雨が邪魔をしていた。
「イーノック。いるんだろう?」
 勢いよく降り注ぐ雨の形は粒などではなく、直線。ルシフェルの目には、地へ向かい落ちる鋭い切っ先の槍に見えた。
「これだから地上はよくわからない。……イーノック! 早く来い、休め、得体の知れない水と戯れる趣味はあまりいいとは言えないぞ! それに未来じゃ雨は毒らしい!」
 降りしきる雨へ向けて叫ぶ。
「イーノック!」
 返ってくるものは何もない。ビニール傘へ次々叩きつけられる水が耳障りな音を立てる。ばたばた、ばたばた。
 それを聞きながら、感情に襲われている、とルシフェルは思う。よもや自分がそれを抱くことになろうとは考えもしなかった、とも。
 言い得ぬ不安。
 自分の背を何か、真っ暗闇色のものが這い回っているような、それに身を覆われてしまいそうな、そんな心地。
「イーノック」
 呼んだ名を持つ者が傍にいないというだけで。
「……雨音がうるさいな」
 自嘲気味に口元だけで笑んでから、左手指を弾く。逆巻く時。
 傘の先から滴った雨粒が、ルシフェルの左肩を濡らしていた。