ラヴ・レターの火葬
昼休み、いつもなら恋人と仲睦まじく昼食をつついている時間。
「…ああ、あれ……ありがとう」
浦戸悦史は教室に恋人を残し、一人違うクラスに来ていた。目立つ容姿を隠すため、俯き加減にこっそりと。
視線の先には背の低い、可愛らしい顔立ちの少女が一人。学年は一つ下の一年生。長い綺麗な髪。華奢な手足。一体どんな女かと思ったら、見る人全てに好印象を与えるような、おとなしそうな感じのいい女だ――……
事の発端は、今朝に遡る。靴箱に入っていた、白い、薄い、軽い爆弾。吹けば飛びそうな便箋に、載せられた言葉の弾丸。
――、ちゃん?
便箋を覗き込んで、呆然と蘇芳は言った。聞き覚えのある名前。蘇芳?声を掛けた悦史に、蘇芳は気付かない。
おい、蘇芳。蘇芳ははっと便箋をポケットに押し込んだ。次いで、何でもないよとぎこちなく笑う。…下手な、嘘。
蘇芳に頷いて見せながら、悦史はその名前の主に思い当たっていた。蘇芳が何度か名前を出したことのある、確か、委員会が一緒だとかどうとか。よく覚えていないけど…
昼休みを終えて、五時間目も半分を終えた頃。
しかし悦史は教室に居なかった。流石に誰もいない屋上、雲一つない寒空を眺めていた。
何をやってるんだか、と自分でも思う。しかし、教室に戻る気はさらさらなかった。教室の中、離れた席に座る蘇芳の背中を見て、平静でいられるほど自分が大人でないことは解っているから。
床に寝転んで、空を眺める。ずれた眼鏡を放り出して、悦史は目を伏せた。風の冷たさに、胎児のように体を丸める……
「えつっさん。えつっさん」
……ふと、惰眠から引き戻されて、悦史は目蓋を開いた。引き戻された、と言う感覚で自分が眠っていたのだと気付く。寝ぼけ眼を擦った悦史に、眼鏡を差し出して蘇芳が笑った。放課後、放課後。身を起こしかけた悦史を、蘇芳が掌で制止する。
「ちょっと用事あるからさ、先帰っててくれないかな」
蘇芳の笑みは、何よりも雄弁だった。悦史の答えを待たないまま、蘇芳は悦史に背を向けた。拒絶を背中に貼り付けて、蘇芳は屋上から去っていく。追い掛けたい自分と追い掛けたくない自分の二律背反に、悦史は戸惑った。……そして、蘇芳の背中が完全に屋上から消える。
一体何処に呼び出されたのか、悦史は知らない。そもそも蘇芳の用事が彼女に繋がることなのか、そもそも彼女がなんという連絡を寄越してきたのかすら悦史には判らない。
…悦史は立ち上がると、身を引き摺るように階下へと歩き出した。
昇降口は静かだった。それもそのはず、普通の生徒はもう帰っているし、部活のある生徒もさっさと靴を履き替えてもう部活に勤しんでいる。よって、今昇降口にいるのは悦史だけだった。何をするでもなく悦史は待っていた。待つことが今、悦史の仕事であるかのように、ただ、じっと。時間を確認すると言う行為も思い付かないまま。
――がたんと、音がした。靴箱の蓋を開ける音だ。ばたばたと乱暴に靴を履く音に、少女の嗚咽が混じった。
少女が悦史の横を擦り抜ける瞬間、目があった。兎のように真っ赤な目、濡れて光る頬、きつく結んだ唇。罪悪感、と呼べるような複雑なものが悦史の胸を満たした。
「…えつっさん?」
少女を見送ったまま外を見ていた悦史を、聞き慣れた声が呼んだ。振り返ると、困った笑みで蘇芳が笑う。色々言いたいことはあったような気がしたけど、蘇芳を見ると何も言えなかった。先ほどの少女の涙が脳裏で煌めく――……
靴を履き終えた蘇芳が、悦史の前に立った。自分は今どんな顔をしているのだろうと、悦史は思った。これ以上なく、醜い顔をしている気がした。蘇芳が正面から悦史を抱き締める。
「帰ろうか」