ロスト・ワード
徐々に距離が広がって離れていくことが想像できる、この寂しさを振り切るには手を振るしかなかった。
「なぜ手を降るの」
振るしかなかったんだよ、ヒバリさん。
「何って、挨拶ですよ。今日はさよなら、また明日っていう」
「それが手を振る意味かい」
「ですよ」
ふむと納得した雲雀がかわいくてしかたなかった。そうなのかこの人は手を降る意味も知らなかったのか。
もう一度手を降って沢田は改札口を離れた。重力も引力も磁力も残念ながら変わることがなかったので、半ば心を引きずった。後ろ髪もこれまた残念ながら生まれついての癖毛で、一定の方向に未練がましくひかれはしなかった。まったくボスにふさわしい髪型である。
沢田のポケットに振動が起きたのは電車に揺られて10分後。雲雀と沢田の関係はある親密さから発生したもので、この関係は両者の没する日まで続いた。それは数十年先のことになるのだが、たった今送られたこのメールが、実は最初で最後に雲雀の方から送られたメールだった。
その事に沢田は、死去する三日前に気付いた。いくつになってもあまり器用ではなかったが、彼は見逃さなかったのである。
「手を降るのは、やめて」
手を振ることで気持ちを振り切ってきた。寂しさも切ってきた。それをやめろということは、つまり。
「寂しさを、偽るなってことですか」
それとも
「さよならなんて、必要ないって、ことですかね」
沢田綱吉の人となりを聞くたび、彼を知るものは後にこう答えた。ふと思い出したように。
そういえば彼は、さよならとは言わなかった。どんなときでもさよならではなくて。
ロスト・ワード
代わりに笑顔を