飴玉の唄
そもそも奴は拳銃なんて使わないけれど。素手でひねれば首が妙な音をたてて折れる。だから、銃なんて重苦しいもの必要ないんだ。ひょうひょうとして、まるで自由に生きてる猫みたいに。
***
三日間の休暇一日目、俺は彼に言った。まるで近所のスーパーに買い出しにいくみたいなノリで。
「ちょっと旅に出ようよ。いいでしょ?」
それから俺は、レンタカー借りて、あいつを拉致って、そんでドライブして。
ときどきキスをして、ほんの少しのセックスをして。思えばもうお互いの了承さえあったのだと気付いたのだ。たどりつく海岸の街まで、今までしたことのない会話を、妙な真剣な面持ちでしたりして。俺は運転をかわらなかった。俺は眠らなかった。行く先を告げなかった。行き先さえも告げなかったのに静雄は、黙ってついてきた。ラジオから流れる音楽に耳をすませながら、ときどき口ずさんでなどいたような気がする。
僕は君を信じたから、きっと裏切られていてももうわからないのだ。
そんなふうな歌詞をへぇ、といい程度に聞き流していた。
海が見えてくると静雄の髪はキラキラと光って綺麗で。だから俺は車をとめた。まるで、殺人現場についた犯人か、それとも、被害者のように。バタンと背後で扉が閉まった。俺が出ようとも、出てとも言っていないのに、彼は静かに車の扉を閉めて、俺についてきたのだ。裏切られても裏切られたことがわからない。俺はさっきの歌詞を反芻する。
俺はもしかしたらシズちゃんの期待を大幅に裏切っているのかもしれない。
だけど、彼はついてきた。愛だよなぁ、愛だ。それは偉大で、尊敬に値するほどの。
***
灯台に続く細くて長い道を歩きながら、風が強いね、と言った。
静雄の髪はこういう日の沈みかけたとき、とても綺麗なんだ、目を細めるくらい綺麗なんだ。あの髪の、後ろに手を差し入れて掻き抱いたらどんなに心地いいだろう。俺はそんなことを考えながら、だからこそ少し離れて歩いた。やっと灯台についたところで、
「ここから落ちるとやっぱヤバイと思う?」
シズちゃんは一瞬目を見開いてからやっぱり細めて、怪訝な顔をした。変わらないなぁと苦笑する。俺はやっぱりね、と思っていた。シズちゃんだって警戒するよ。いや、シズちゃんだからこそか…。
「死んでよ、ていったら、前みたいに怒るんだろうね。」
「当たり前だ。死にたくなんてないからな。」
「うん、当然だ、確かに。俺だって生きてたいし、ね」
よろ、と体を右に傾かせる。絶壁の、絶壁の、上で、落ちる、ように。
クルってターンしてどぼんだ。死なないように、落ちる。
***
殴られることは、なかった。
「まぁ、ひとつの実験だったんだけどね。」
「実験に付き合わされる身にもなってあげるべきよね。」
はは、と俺は笑った。あっちこっちいたいのに、手当はまったく手加減なしで、俺は一応君の雇い主なんだけれど、と反論しようと思われたが、彼女はそのタイミングを見計らったように一番出血の多かったところに大きく切ったガーゼを押し付けて痛いったらなかった。声は挙げなかったけれど。
「終わったわよ。」
「ひどいな、もう」
「平和島静雄にはなぐられなかったんでしょう?」
うん、はは、と力なく笑って
「まあ、恋人破棄されちゃったんだけど。」
***
誰もいない海岸線で、打ち上げられたわけじゃなくって、助けられたことを知って、安堵して、そこにいてくれないことにちょっとだけ感傷的になったりした。
「信じてるっていっただろ、シズちゃんを、俺は」
この、口で。だから、
「満足だよ。」
もう、本当に、とても満足で、今すぐ死んだっていいような、そんな気分で。
俺はお前のことを思い出したりしない、思い出になんかならない、死なないなくならないちっぽけな穴からのぞく絆は、決してなくならない。何億光年先でだってけっして
この絆がなくならないかぎり、信じていると、言える。お前だけを