ひとつの憎しみ
振り返る。あれ、横顔。おかしいな、聞き間違いかな。ねえ、三郎。三郎ったら。
躊躇しながら彼の裾をつかんで引けば、その途端泥のように溶け出す体。同じ姿ゆえに一瞬自分が溶けたのかと錯覚する。どろり。三郎が溶けてく。どろり。どろり。
僕は驚きのあまり馬鹿のように眼ばかり動かして、その様子をじっと眺めていた。どろり。どろり。どろり。どろり。からん。僕の笑顔が張り付いた仮面が最後足下に転がった。
ああ。三郎が、溶けちゃった。
「おい雷蔵。こんな所で寝たら風邪ひくぞ」
「っ、うぐ」
「なあに。怖い夢でも見たのか」
「さぶ、ろ」
「どうした」
僕を呼ばない君なんて。あいつばかりを見る君なんて。
「と、けちゃえ」