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天狗の花嫁

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「お世話になりました」

真っ白な衣装。本来なら愛おしい人のためだけに着られるはずだった白無垢。
帝人は三つ折りを付いて、今の今まで己を育ててくれた老夫婦に頭を下げる。
婆は涙を流しながら嗚咽を零し帝人を見ることがでず、翁も口を一文字に結んで難しい顔をしていた。
ただ一言、短く帝人の言葉に応える。

「・・・あぁ」

帝人は深く深く頭を下げると、のそりと立ち上がった。

「帝人っ」

婆が悲痛な声で帝人の名を呼ぶ。帝人は唇を食いしばると、笑みを貼り付けた顔を上げた。

(心配を、かけたくない・・・)

ただその一心で帝人は笑う。これから起こる己の絶望的な人生に、足が竦みそうになるけれど。
今まで育ててくれた老夫婦二人を困らせ無くなかった。

「それでは行って参ります」

帝人は貼り付けた笑みのまま、泣き崩れる婆の肩を抱く翁を視界の端に入れたまま背を翻す。
住み慣れた家を出ると、平生では決してみることのない豪奢な御輿と煌びやかな人々が帝人を待っていた。
皆一斉に帝人に対して背を下り頭を垂れる。
帝人は奥歯を噛み締めて、一歩また一歩と進み出す。
そして一際豪華な神輿の中へととおされ、深く深く息を吸ってはき出した。
ゆっくりと揺れ出し始めた景色を見ていると目頭が熱くなる。
化粧をしている身故に涙を流すことが出来ないので、何度も瞬きを繰り返して涙を流さないよう意識した。
窓から見えるムラの人達は帝人の一行を見ると一つの例外もなく皆最高礼の形を取り始める。
そんな村人の姿に帝人は胸を締め付けられる気がした。
見慣れた景色が段々と遠ざかる。帝人は膝の上で拳を作り、握りしめた。

(泣くな泣くな泣くなっ・・・・!)

ここで泣いたらまるで自分が可哀想な気分になる。
帝人は必死に涙を堪えて、こちらを眺めては頭を下げていく村人達を見送った。
暫くすると帝人が見た事のない風景が広がり始めた。
窓から覗く、深い深い森が見えてくると帝の心に絶望が広がる。
出来ることなら叫びたかった。逃げ出したかった。けれど帝人はただ静かにそこにある。

(ここで僕が逃げたら、僕たちの村が壊されてしまう・・・)

村のため、ひいては今まで育ててくれた老夫婦二人のために帝人はここにいる。
この土地を支配している天狗への人身御供として。

「着きました」

外にいた男に声を掛けられ、帝人は肩を振るわした。
静かに御輿が降ろされ、外にいた男がまた帝人に声を掛ける。

「それでは我らはここまで。この場所にいればいずれ天狗様が迎えに来られましょう・・・」

帝人は息を深く吐いて、震える声を叱咤した。
一語一語ハッキリと己に言い聞かせるように答えた。そうでもしないと心が折れてしまいそうだったから。

「ここまで、ありがとうございます」

にこりと笑ってみせる。男達は歯を食いしばって帝人に頭を下げ、その場をあとにする。
帝人は御輿に乗ったまま静かに瞳を閉じ、その時を待つ。
頭の中では走馬燈のように今まで生きてきた時間が渦を巻いては過ぎ去っていった。

(・・・・もう、会うこともない)

くじけそうになりかける心を、何度も叱咤して震え断たせていると帝人の背筋に悪寒が走った。
同時に外で突風が吹き荒れ、カタカタと御輿の御簾を揺らす。

(来た・・・)

帝人が瞳を開け御簾を見た途端、風がまるで生き物のように御簾を持ち上げた。

(外に出ろ、ってことかな・・・)

帝人は息を吐くと、意を決して御輿から下りる。当たりには人っ子1人いない森の入り口。
けれど、誰かの視線を強く帝人は感じた。
ねっとりと、じっくりと見られている感覚。唇が震え、自然と俯きそうになる顔を必死に上げて、姿が見えぬ主を睨み付ける。
するとどこからか風に乗って甘い花の香りがした。

(・・・え、花?)

驚きを隠せず、帝人は風の方向に振りかえる。そして帝人は驚きで瞳を見開いた。
そこには今の今まで誰も存在していなかったはずの人がいた。

(ちが、う・・・。この人は、ひとじゃな、い)

男は帝人と視線が合うと、ニコリと笑う。そして一度地を蹴ると帝人の目の前に着地した。
彼の跳躍力にも驚いたが、帝人は目の前に降り立った紅玉の瞳に目を奪われる。
血のように真っ赤でありながら、宝石のように光り輝く見たこともない赤。
男は、またニコリと笑うと帝の手をそっと持ち上げその指先に唇を堕とした。
帝人は条件反射で思わず身を固くする。そんな帝人の態度などお構いなしに男は掴んでいる手とは逆の手で帝人の頬に触れた。

「初めまして俺の花嫁。あぁ、君たちの間じゃあ人身御供だっけ?」

くっくっと喉で嗤う男に帝人は更に硬直した。

「あぁ、別に怒ってないから。そう警戒しないで?」

「っ」

帝人は震えながら気丈にも目の前の男を睨み付ける。帝人の視線にものともせず、男は笑う。
楽しそうに鈴を転がしたかのような声で笑う。

「ふふ、ようこそ俺の森、天狗の森へ!」

男は帝人の腰を抱くと、また地を跳躍した。帝人の顔が恐怖と驚きで見開かれる。
目の前には男の笑顔と、漆黒の翼。
黒い翼は純粋なる天狗の証。黒ければ黒いほど、大きければ大きいほど、その天狗の位は上であり、能力も高い。
男の翼は4枚、その色はまさに闇色。それはこの天狗が最上級であることを意味する。

「君はこれから俺のために尽くして、俺のために死んでいく。ふふ、楽しみだなぁ君がどうやって壊れていくのか!」

天狗が笑う。楽しそうにケラケラと。帝人は涙ぐむ弱い自分を許せなかった。

(絶対に壊れてやるものか・・・。ぜったいに僕は僕のまま生き抜いてみせる・・・)

帝人はぎゅっと天狗の服を掴むと、死ねと呟いた。


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本当に昔はどうなるかと思ってたんですけどねぇ
愛してるよー!帝人くーん!ごはんまだー?
こんな頭のネジが数本飛んでいる天狗だったなんて・・・・
帝人君らーぶ!で、ごはんまだー?
はいはい、いますぐに・・・・
作品名:天狗の花嫁 作家名:霜月(しー)