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abandon hope

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小高い丘の頂上へと続く緩やかな坂を、男はある決意を胸に宿し歩いていた。その眼光は鋭く冷ややかで、夏だと言うのに厚いコートを羽織っているその姿は、如何にも人間離れした風情だ。その彼の右手には、不似合いな白い花束がある。
 向かうのは正に丘の頂上、小さな墓碑の許である。それは彼の母の眠る場所であった。
 彼は今でも自分は母に愛されなかった子供なのだと思っている。無論母は、双子として生まれた彼らに平等に愛情を注いでいた。そのことは彼も十分に承知している。だから愛されなかったという実感は彼の我儘に過ぎないのだ。それすらも理解した上で尚、彼は自分は愛されなかった子供なのだと思うのだ。
 脳裏に蘇る母はいつも笑顔だ。彼に向けられた笑顔。懐かしさを覚えながらも、その頬笑みから紡がれる言葉を思い出す度に、彼は再び言い知れない絶望へと放り出されるのだ。

 ・・・・お兄ちゃんなんだから、か。

 目指す墓標へとたどり着いて、彼は一人小さく呟いた。
 口癖のように繰り返されたその言葉が、彼の性格を形成した。幼い彼は、いつも叫び出したいのをぐっと堪えていた。母を困らせたくはなかった。彼に半分だけ流れる人間の血の仕業によって、彼はずっとその一言が言えなかった。
 右手に持った花束を、母の名が刻まれた墓標に添える。一瞬見せた優しい眸を閉じて、彼はずっと心の中に押さえつけていた言葉を吐きだした。

 ・・・・母さん、俺たちは、双子だよ。双子なんだ。

 あの日弟を庇う母の背中を見て、彼の世界は歪んでしまった。母の愛を求める気持ちは、やがて自分に与えられるべき愛情を、力を、彼から奪った弟への憎しみへと変わったのだ。

 再び開かれた彼の眸にはもう優しさはなく、先刻よりも一層冷たい光を宿していた。花束を持っていた右手が、脇に下げられていた刀へと伸びる。一度柄を強く握り締めて、そっと離す。今はこれだけが唯一、彼の信じられるものだった。

 ・・・・俺は悪魔だ。力さえあればいい。そのためならば何だってしよう。

 一瞬、自分を慕う幼い弟の姿がちらついた。幼い頃は確かに、彼も弟を愛していたはずなのだ。刹那湧きあがった感情を追い払うように溜息をついて、彼はその場を後にした。

 ・・・・そう、奴を殺すことさえ厭わない。

 残された白い花が、風に揺られていた。哀しみを表するように。
作品名:abandon hope 作家名:柳田吟