二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

淋しい夜には隣に貴方を。

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「…土方」

銀時がそう呼ぶと、その黒髪の男がくるりと振り返った。少しだけ開けられた襖から漏れる、淡い月光に照らされて、シルバーグレイの彼の瞳が輝く。

「何だよ」

端正な顔に、低くて心地の良い声が返ってくる。

「…何でもない…」

銀時は目を伏せた。
手にした酒を、そのままぐいっと呷る。

「どうしたんだよ」

土方がするりするりと猫のように移動してきて、銀時の横に座った。
まだ来たばかりで、酒を呑んでいない彼は、至って冷静なのか。

「…苦しいか」

「………うん」

「どう…すりゃあいい」

不安気に覗き込んでくる土方は、優しい。
その優しさに、つけこんでしまいたくなる。
でも。
そんなのは。

「…銀」

名を、呼ばれた。
それは、平素の固く冷厳なものではなくて。
甘く、柔らかに穏やかに。確かな劣情と混沌を持って、囁かれた。

「…どーする」

「…誘ってる訳?」

銀時は皮肉げに口の端をつり上げながら、言う。

「銀さん今、結構余裕無いから。離れた方が良いかもよ?近くにいたら、何するか分かんない」

たまに、あるのだ。
血が、滾る。
記憶が鮮やかに。
烈火の如く視界を支配しながら。
生々しい、感触や。
息遣い。
すぐ目の前で、消えてゆく命の灯火が。
自らの、血塗られた刀を持つ、震えぬ手。
思い出す。

「…お前が、それで楽になるのなら、構わねェ」

土方が、するりと着流しから肩を抜いた。
白くて細い、二の腕が露になる。続いて、薄くなだらかな胸板。
それは、誰が見ようと欲情するようなもので。
微かに震えている彼の腕が、銀時をやっと思いとどまらさせた。

「…馬鹿」

「ぇ」

「馬鹿馬鹿。やっぱりお前は馬鹿。バァか」

銀時はそう繰り返した。
土方は目をしぱしぱさせて、その後顔をそっぽに向けた。少し朱が差している。

「…そう簡単に体なんか出すんじゃねェよ」

「…いつもは、もっと簡単に抱くじゃねェかよ」

「今日は、…違うんだ」

銀時はそのふわふわとした髪を掻き回した。

「きっと今抱いたら、滅茶苦茶にしちまう。土方が止めろっつっても、止めてられねェ」

そこで銀時は気弱な笑みを漏らした。

「嫌なんだ。傷付けるの。もう、誰も傷付けねェ。守って生きるって、決めたから……」

土方が、こちらを見た。
真っ直ぐ、と。
まだ剥き出しのままの腕を、すっとこちらに出そうとして、躊躇い、下ろす。
懸命に言葉を探して、逡巡を繰り返す彼は、もういっそ健気であって。
普段会えば憎まれ口を叩きあったり、冷ややかだったりするのに。
堪らない。

「…あのねー」

銀時は困ったように、土方を見つめた。

「我慢してんだよ、俺も。そんな格好で、そんな可愛いことされちゃあ、理性なんてすぐ崩れちまうよ」

溜め息を吐きながら。
それでも優艶に。

「…なァ。だから、ごめん。今日は、ひとりにさせて?」

来てもらって、悪いんだけど。つけ加えると、土方はゆらゆらと瞳を揺らした。

「てめェで呼んどいて、随分偉そうだな…おい」

返る言葉も静かで。
土方は着流しを元に戻して、煙草を口にした。そのままライターで火をつけながら、立ち上がる。

「…行く」

「うん。…ごめん。ごめんね」

「謝んな」

土方がくるり、と踵を返し。すっと部屋を出てゆく。さっきまでは確かにすぐ側にあったぬくもりが。
もう、なくなって。
失ってから、気付いた。
寂しい。
淋しい。

「…あー…。馬鹿は俺か」

呟いた言の葉は、自分ひとりの部屋に響いて。
紛れて消えた。

「その通りだよ」

「っ!?」

聞こえたのは、帰ってしまったはずの男のもので。
襖の向こうで気配ががさりと動いた。

「…何で。…帰ったんじゃ、ないの」

「誰が帰るか。今にも死にそうな顔しやがってアホ」

「…酷いな」

「おめェの今のツラの方がよっぽどひでェさ」

土方がふんっ、と鼻を鳴らしたのが聞こえた。
暫くの沈黙のあと、不意に、

「入って良いか」

「…今更」

律儀に尋ねるのが、とても彼らしい。
まどろっこしくて、頑固でストイック。
そんな所に惚れているのは、他でもない自分なのだから。もう、敗けだ。

「いーよ…」

「落ち着いたか」

土方はガサリ、と手にしたレジ袋を顔の前まで持ってきて、振る。

「何買ってきたの」

「…おでんと、熱燗。寒いし、食べたいだろ」

「…まあ」

「人間腹減ってると、いらねェことぐちゃぐちゃ考えちまうもんなんだよ。沢山買ってきたから、好きなだけ食え。で、寝ろ。満腹でぐっすり寝たら、頭も冴えんだろ」

早口に捲し立てると、土方はおでんと箸を銀時に押し付ける。自分はさっきのことを気にしてか、少し離れた所に座り、冷酒を呑む。

「…我が儘言っていいかなぁ」

「おめェなんて、いつでもどこでも我が儘じゃねェかよ」

土方が片眉を上げた。
銀時はのらりくらりと笑顔を浮かべて、かわしながら、

「こっち来てよ」

と頼む。土方は口をつぐみ、ぼそりと、

「さっき寄るなっつったじゃねーか…」

「もう落ち着いたもん。寒いし、ほらほら。おいで」

手を広げて土方を呼ぶ。
躊躇っていた土方だったが、決意したのか、じりじりとこちらににじりよってきた。銀時は笑みを深くしながら、

「つかまえたっ」

と土方を胸に閉じ込めた。薄く細い体が、銀時の胡坐と腕の中に収まる。

「ちょ、おま、馬鹿」

「誰も見てない。いいじゃんか、これくらい」

「ちがっ…!お…俺が!恥ずかしいんだよ…っ」

顔を真っ赤にする土方は。可愛いなんてもんじゃなくて。強烈で。

「…いーい?」

ふに、と柔らかな頬を指で摘むと。

「んむぅ…」

土方は唇をとがらす。それでもちゃんと

「…いーよ」

と返してくれた。
あぁ。
コイツが居てくれて、良かった。
荒立つ心の波が、すっと引いていく。
静かに。
ただまっさらに。
変わる。
変えられてゆく。
こんなにも。
愛とは。
人を愛すのは。
愛しいと思うのは。

「トシ君……」

名前で呼ぶと、抱いた土方の肩がひくりと揺れた。

「ありがとう…」

耳元で、囁いた。
とびきりの、甘い声。

「幸せだ…。すっごく…」

すると銀時の首に土方の腕が回ってきて。
向き合う顔のうつくしさに息を呑んだ。

「トシ君…?」

「…俺もだよ…。銀時…」

大輪の花が咲いたような、その眩くて華やかな笑顔を、銀時は一生忘れないだろう。







おわり。