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あぁ、と。
唐突に理解出来た気がした。この人は、いつだって。過去なんか見てやいなかったのだろう。
前だけを見て。
己を律して。
厳しく、冷徹に、鬼の如く。













「土方…さん」

沖田は躊躇いがちに声をかけた。視界を、薄桃色の、微かに薫りのする綺麗な花びらが舞っている。
そんな中に、彼は居た。
こちらに背を向けて、しゃがみこんでいるため、表情を窺うことは出来ない。
ただ分かるのは、彼の肩が小刻みに震えていることだった。

「…終わったんですよ」

長かった戦も、本日付けで終わりを迎えた。
土方も沖田も、恭順することに、異を唱えることはしなかった。
それは、生を望んだからではない。少なくとも、土方はそうだったろう。
沖田にしてみれば、生きていることさえ出来れば、何とでもなると思っている。でも土方は違う。
井上と山崎を、己の迂濶な判断で亡くした。
新八と原田は、近藤と袂を分かち、別れた。
平助と山南を、羅刹隊として使い、最後は一緒に戦い、命を落とした。
斎藤を、前線におき、己は止まって、亡くした。
全てを自分の責任だと思っているのだ。
そんなことないのに。
皆が死んでいったのも、戦に負けたのも。
この人は、全て黙って、抱え込んで堪えてしまう。

「土方さん!」

堪らず、調子を強くし、その細い肩に問いかける。
華奢な肩がビクリと揺れ、土方の顔が僅かばかりこちらを向く。
丁度太陽が蔭り、土方の表情は分からなかった。


「…もう、良いんですよ、土方さん。肩肘張って、弱味見せないようにしなくても。…僕たちが、信じて作り上げてきた、【新選組】は…」

「言うなっ!」

突然土方の声が沖田の言葉を遮った。その声に、いつもの皮肉げで、涼やかな響きはなく、ただただ、聞きたくないと。土方は声と全身をもってして伝えていた。沖田は眉を寄せる。

「…土方さん」

「聞きたく、ねェ」

「……駄目です」

「総司っ!」

苛立ったように土方が勢いよく振り返る。
その目は赤く、少し潤んでいるようだ。

「認めなきゃ!…前なんか進めないんだよ!アンタはそうやって後悔して、勝手に傷付いてんだ。それが何になる?それは近藤さんが望んだこと?生きていながら、死んだように日々を生き続けることが。あの人が望んだことだとでも言うのかよっ!」

土方は、はっとしたように目を見開いた。菫色の瞳がゆらゆら揺れる。

「…違うだろ?…アンタがしなくちゃいけないのは!今まで死んでいった…。志半で逝った隊士達の分まで、精一杯、生きることだろう?…ねぇ、そうでしょう?土方さん…」

沖田の語尾は萎んでいった。沖田自身、辛くない訳がないのだ。本当は苦しくて苦しくて堪らない。
土方が居なかったら、この場で泣き喚き、腹を詰めていたかもしれない。
でもそれは。
違うと分かる。
それは。

「アンタが居るから…」

「え?」

「僕は生きてる」

沖田は真っ直ぐ土方を見た。切れ長の彼の瞳の中に、困ったような、泣きそうな顔をした自分がうつった。

「土方さん。僕はずっと、貴方を愛してた」

「っっ!?」

土方は驚いたように目を瞬き、酷く狼狽した様子で、聞き返してきた。

「……そりゃ、どういう」

もう隠せないと思った。
この思いは、死ぬまで。
墓場まで持ってゆこうと思っていたのに。
抑えられない。

「…こういうこと」

沖田はまだ微妙に向こうを向いていた土方を引っ張り、形の良い顎を掴み、口付けを落とした。
触れるような生易しいものじゃない。噛みつくような、荒々しいものだ。
沖田は舌を差し入れ、土方の口腔を蹂躙する。
必死に押し出そうとする土方の舌をもからめとり、ぴちゃぴちゃと卑猥な音を響かせ、口付けを続ける。
いい加減、苦しくなったろう土方が、どんどんと沖田の胸を叩いた。
沖田は名残惜しげに土方の唇から顔を上げる。
土方の唇は、予想していたよりずっと柔く、甘かった。土方は潤んだ瞳でキッと沖田を睨みつけている。
だが、先程の口付けの際の唾液が、口の端から垂れていて、かなり淫らだ。

「何…しやがる」

「分からない?口付け」

「そんなこと聞いてるんじゃねぇ!何でこんなことしたんだよっ!」

「聞いていなかったの?僕は貴方が好きなんだ。そういう意味で」

土方は思わず絶句した。

「お前…。衆道の気があったのか?」

「違いますよ」

笑うでも怒るでもなく、沖田は真摯に否定した。
そして、静かな口調で、ひとつずつ区切るように、言葉を選びながら言った。

「土方さんだから、です。昔から…。道場のころから、貴方が好きでした。なんて美しい人なのだと。貴方の一挙一動に、ドキドキしていました。それは江戸に行っても、京に行っても。変わることはなかった」

そこで沖田は押し黙る。

「今、伝えたことに悔いはありません。貴方をこれから騙し続けて共に生きることなんて出来そうにない」

そう、つけ加えた。
土方は、うつ向いて言葉を発することをしない。

「…土方さん」

沖田は呼び掛ける。土方が押し殺したような、低い声で呟くように言った。

「総司」

「はい」

「その思いに嘘はねぇか」「ありません」

断言出来る。
他の何事を間違えたとしても、この気持ちだけは。
迷わないと。

「俺ァ…」

土方は視線をふぃと淡い桜に向けて、続ける。

「お前のその気持ちに、今答えることはできねぇ」

「……何故、です」

情けないが、その問いは震えて喉からついて出た。
拒絶されると分かっていただろうに。
苦しくて。寂しくて。
何より、悲しかった。

「お前が俺のこと好きになるずっと前から、お前のことが好きだからだ」

「…は」

思わず間抜けな声が口から溢れ落ちた。土方は散りゆく花びらを視線で追いながら、とつとつと語った。

「おめェさんが、こーんな小せェ餓鬼のころからよゥ。ずっと見てきたんだ俺ァ。憎たらしいこと言ってみたり、素直な行動してみたり…。お前はとにかく飽きねェんだァ。いつの間にかよゥ、おめェが居ねェとしっくりこなくなってたんだィ。もう…駄目だろうが」

その土方の声は、切実で。
沖田の魂を直に揺さぶった。

「本当に…?土方さん…?」

ああ、と土方は頷いた。
菫色の瞳はどこまでもどこまでも澄んでいて。
それでいて、穏やかで。
沖田を見つめて、優しい。

「愛しています…。貴方を…ずっとずっと」

「総司…」

囁かれた名前は甘く。

沖田は土方を抱き締める。
土方も強く抱き返してきた。

間近の瞳同士をぴったりと合わせ、二人は微笑みあった。

「…この桜に誓って…」

「永遠にな…」




ーfinー
作品名: 作家名:神木晶