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雨伽シオン
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novelistID. 16253
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【BSR・吉三】子育守(こやすもり)【R-15】

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「刑部!」
夜中だというのに荒々しい足音とともに現れたのは凶王だった。怒りのあまりに普段は青白い頬に朱が差し、切れ長の眼は吊り上がっている。
「不埒な噂が流れている。貴様が辻斬りの真犯人であったというのだ! かつて秀吉様が貴様の無実を晴らして下さったというのに!」
「左様か。もし真なればどうする?」
「貴様まで戯れ言を……!」
 三成は苛立ちを隠せない様子で吉継を睨みつけた。
「まあそう睨むな。今宵は佳い月よ」
 三成の白い頬に冷たい光が映える。月明かりは死に喩えられるが、その間際にあって彼の美しさは冴え渡るようだった。
「我はぬしの生き血を啜って永らえておるそうよ。横柄者と天下に名高いぬしの血で、この病が癒えようとはなァ」
「何だと?」
 紡ぎ出された言葉に、三成は虚を突かれたようだった。
「やれ、凶王の耳にはまだ入っておらなんだか」
「誰だ、そのような妄言を吐いたのは!」
 他愛のない悪口は今に始まったことではないというのに、三成は決して聞き逃そうとはしなかった。ついこの間も陰口を叩いた咎で手討ちにされた者がいたと吉継は聞いていた。
「ひひっ、ぬしには教えられぬなァ。其奴の命がいくつあっても足りなかろうて」
地を這う蟻が人に踏み潰されるのを憐れむような口調だった。三成は己が昂ぶってしまったことを恥じたらしく、憮然とした表情で呟いた。
「私を食らって貴様の病が癒えるならば、それに越したことはない」
「やれ、ようやく冗談をわきまえるようになったか、三成よ」
 三成の目は月明かりに照らし出された吉継の包帯に注がれていたが、おもむろに自らの懐をくつろげると赤い果実を取り出した。
「冗談ではないぞ。食べろ、刑部。これは私の血肉だ」
 突き出された実を見て吉継はかすかに笑った。
「柘榴か。ぬしは我を鬼子母神にしたいとみえる。なれば、親なきぬしを守るとしようか」
「いいから食べろ。私を置いていくことは許さない」
 ふい、とそっぽを向いた三成の耳はやや赤みを帯びている。まるで童のようだと吉継は思った。
 実を割ると、赤く透明な果肉を纏った種子が散らばっていた。血濡れた細胞のようにも見える。滴る果汁が包帯を染めてゆくが、三成の血と思えば厭わしくはなかった。彼の細胞を食むと、弾ける果肉が味覚神経を刺激して甘美に疼いた。
「ぬしは美味いな」
「……残さず食べろ」
 銀色の光の中に浮かぶ三成の顔に、佐吉の面影が一瞬重なった。あの頃の彼は健やかそのものであったというのに、太閤亡き後はほとんど笑わなくなった。
 ――やれ、憐れな童もあったものよ。
 敬愛する主を失った三成は最後の頼みの綱として、この自分との契りを求めたのだろうと吉継は思う。
 ――なればこの綱、決して放しはしまい。