習作/天の者と子供
天の者、雲の下に降りたり。夜闇を飛ぶ姿、流星のごとく、広げたる翼、白き光を放ちて、辺り眩く、夜のとばり開けるごとし、朝と判ずる鶏の、声高く夜闇に響き入る。奇異な衣に包みたる足、地に触るる度、にはかに土より草の芽萌ず。降り居たるは広場ならん、天の者歩く一足一足、芽萌じては茂り、光ぞ輝きたる。
広場より出でて、通りに出づる。夜も丑三つを数ふる時、人家に灯火なく、通り風ばかり吹き渡りて寒し。天の者感ずるは、人の気幽かなり。闇に音なく数歩より、振り向きて見出したるは、道の端に伏す子供なめり。季は冬の始めの曲がり、僅かの衣服が頼りけらし、哀れぞ震えて眠りける。金の髪汚れて、日に焼けた肌はすすけ、痩せし頬赤き痣あり、叩かれけりやと察せらる。天の者、かの頬に触れ唇をば当てり。やがて痣なくなり、子供の震え収まりたる。これ天の者の祝福なるや、子供眠りたりて知らず。夜明け、陽に辺り照らさるるまで、天の者、白き翼で子供包みけり。子供、温かなる羽に包まり、安らかに眠りたり。
真に鶏高く鳴くなり。天の者、羽を仕舞いて去らむとす。数歩進みて止まれり。子供の行く末、てて無し児の哀れなるか、嫉み恨みは世の常ならむ、前途多難は避け難し。しかるに、神おはす限りに堕落なし。いつか会ふ日も来るべけんや、達者であらむと振り返りて、子供に再び口付けたり。
年経りて、かの子供齢十七を数へ、見事なる丈夫となりけり。不遇なる身なれども、神を思ひて生きたり。稀なる志なりて、神の御目に留まりさせ給ふ。神、おきてのたまひて、天の者にかの丈夫召し上げさせたり。天の者、先の祝福したる者なり。
地に降りふるは久し、辺り珍し。常によりて夜闇広がり、翼のみが光れり。粗き苫の小屋、町はずれに立てり。天の者、近寄れば迎ふるがごとく扉開きて、入る。かの子供、丈夫なれども面影残れり。金の髪長く、細けらし身体、隆々なりてうるはし。丈夫、おどろきて、天の者あやしくながむ。天の者、微笑みて、神の御言葉ぞ伝ふ。曰く、神につかまつり、天の書記なれ、と。丈夫、ゆゆしき事態なれども、天の者のえんなる様、信じさすに足り、ついに世を出でむと定む。天の者、丈夫の手を引きて天に至る。雲入り、やがて神にお会い申す。神に遣わされしよろこび、かしこまりていただく。
かくして、丈夫、天の書記となり至る。