サイケデリック兄弟
「そんな気むずかしい顔しちゃ、いざやくんにきらわれちゃうよ?」
「うるせぇよ」
便宜上、兄にあたるサイケが俺の顔を心配そうに見てきた。別に俺は「臨也」とかいう奴、いやここはマスターとでも言っておいた方がいいか、に嫌われようが好かれようがどうだっていい。むしろ嫌われるのが普通だと思う。マスターは怒りとか悲しみとか愛おしさとかなんかやたら複雑な顔をして俺を見る。兄に聞けば、俺はどうやら平和島静雄というマスターが特殊な思いを寄せている人間に似ているらしい。ついでに言えばこの兄がやったら懐いている寡黙な津軽とかいう奴にも似ているらしい。そんなにこの顔は人気なのか。だらりとソファに寝転んだ状態で自分の色のない髪を引っ張ってみた。静雄も津軽もきれいな金色をしていた。目も、変なピンク色じゃなくて茶色とか、落ち着いた色だった。といってもまだ会ったことはない。マスターや兄のデータで見た限りの絵しかない。会ってみたいとは正直思う。
そうしていると、兄が上にのっかかってきた。決して軽くはない。
「髪なんかひっぱってなにしてるの?」
「考え事」
すると、突然小さなウィンドウが開いた。
『やぁ、相変わらず仲良いね』
マスターの声だった。
「別に」
そう答えた後、兄が俺の腹に手をついて上体を起こしてウィンドウに向かって喋った。結構苦しい。
「いざやくんおかえり!」
『ただいま、サイケ』
そういってマスターは人のよさそうな笑顔を浮かべた。そして視線が俺へと移った。
『そこでの生活にはもう慣れた?』
そこでの、というのはこの部屋のことを指しているのは明らかだった。俺たちは自分と同じような白とピンクの部屋にいる。ある程度落ち着きはするが、外から見たらまぁ異様な部屋だろうな。
「そこそこ」
『そう、ならいいや』
当たり障りのない返事を返せば、同様の返事が返ってきた。次いで視線は兄の方へ。
『そういえばサイケ、彼の名前はもう決めた?』
そう、俺は名前がまだない。数字以外兄と同じ商品名だから何かしらの呼称が必要だった。普通はマスターが考えるべきところだと思ったがその役はサイケが買って出ていた。というのが昨日までの話。マスターの言葉に兄は大きく楽しそうにうなずいた。
「うん!“でりっく”って呼ぶことにした!」
「なんだその中途半端な欧米人風な名前は」
聞こえてきた変な名前に俺は兄が上にいるにもかかわらず起き上がった。案の定兄は床に転がり落ちた。
『…はははッ!サイケらしいね』
「そこも納得するな」
ウィンドウに向かって俺は大きな声で言ったが、嫌味を含んだ笑みを残してそれは閉じられてしまった。こちらからは開けないのでどうしようもなくなった。
「…いたい」
腰をしたたかに床に打ち付けたようで、さすりながら、涙ぐみ、俺の方をきっと睨んできた。
「でりっくのいじわる!」
そう言い残して、兄は部屋を出て行った。行き先はおそらく、津軽のところだろう。追いかけることを考えても俺にそいつのところに飛ぶためのデータはないので不可能。
ところが。
『あれ?サイケまた津軽のところに行ったの?』
俺の真横でマスターのウィンドウが開いた。
『ちょっと連れ戻してきてくれない?IPアドレスはこれだから』
そのすぐ後に有効な番号が送られてきて、ウィンドウは閉じられた。言うだけ言って急に消えるなよ。俺外出るの初めてなのに。
しかし言うことには逆らえない。俺は愛用の機器を鞄のように片手に持ち、その番号先に飛んでみた。