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ユメニラクドヲモトメタリ

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ユメニラクドヲモトメタリ

斬っても斬っても自分を襲う集団は途切れず、山本は無意識の境地で刀を振るい、脂を拭い、先へと進んでいた。
敵の敷地をもう少しで抜けきる、というところですさまじい殺意を感じて足を止める。
今までとは違う、山本への殺意を重さとして感じさせるほどの男が洋刀を片手にゆらりと山本の前に立ちはだかる。ふてぶてしい笑いは体力の落ちた山本を明らかに笑っていた。
山本はこれまで雨の炎を使ってこなかった。生命エネルギーである炎は想像より遙かに体への負担が大きいので長時間戦う場合は向いていなかった。それに相手も対炎システムを用意してきている。であれば単純に斬っていったほうが早い。
しかし、この相手には覚悟が必要だった。
ぶわっと山本の右手の指輪から蒼い雨の炎が立ち上がり、全身を包む。
相手からは、緑の雷の炎が立ち上がる。
霧か大空でなければ、五種類の炎を持つ獄寺を相手に対抗策を特訓してきていたので遣りやすい。
雷の炎の戦闘スタイルの一つは、特性の“硬化”を生かした特攻だ。穂先に炎を凝縮させて一点集中で全てを打ち砕く。であれば、こちらをそれを受け流すか避けるしかない。先方の一打目を回避して、こちらからの一打目で確実に致命傷を与え、そのまま一気に鎮静の炎を流し込む。山本は何百回もトレーニングして体に馴染ませている戦法を無意識に選ぶ。
相手とほぼ同時に走り出し、相手の剣技を見切りわずかにそのきっさきを時雨金時の峰で流し、右手から左手へと時雨金時を持ち変えてすれ違いざまにその胴を撃つ。確かな衝撃と肉を食む手応えを感じて山本は打ち放った姿勢のままその場に立ち尽くす。
「時雨蒼燕流 攻式五の型 五月雨」
その向こうに同じ雨の炎をまとう剣士が控えていた。こっちが本命かと山本は気を取り直して柄を構え直す。男はすらりとした体躯に銀色の長髪を風に遊ばせている。そう、まるで山本の剣の師匠のスクアーロに似ていた。ハァハァと集中力が切れて荒い息を吐く山本を「もう終わりか?それで死んじまってもいいのか?」と、銀糸と返り血の間から睥睨する。
山本は疲労に浸る体に構わず前方へ踏み切る。
つい、と白刃が半円を描き血飛沫が飛ぶ。
倒れてのしかかってくる男は山本を窒息せんと喉笛を強く掴んだ。容赦なく喉を絞りあげられた痛みと狭まる器官に山本はのけぞって逃れようとするが、死ぬ間際の人間の力は緩まることが無かった。喉が潰される、と意識がブラックアウトする。
しかし断末魔の望みは叶えられることはなかった。山本が彼岸に行くには後数十秒が必要だった。
数秒で意識が戻る。ヒューヒューと傷ついた喉から漏れる空気の音と痛みが他人のように感じる。
己の喉を握ったまま絶命した男を、体の上からどけることなく寝転がったままの山本の右目が熱くなる。まるで感情が膨れ上がって膨張して破裂するような恐怖感に襲われる。
『どうした?調子が出ねぇのか?』
片手の平に乗るほどに小さな体がとんと胸の上に飛び降りてくる。
おおよそ重さを感じさせない姿に思わず声を漏らす。晴れていた空が雲に覆われて、ポツポツと雨が降りだした。山本の代わりに全てを洗い流す恵みの村雨に嘗てのリボーンの姿は砂が崩れるように消えた。倒れたら必ず綱吉や獄寺(誰か)が自分に手を差し出してくれた。
そしてもう--その手が差し出されることは、無いのだ。


カランとドアベルが乾いた音をたてて鳴る。
バルサミコ酢が染みこんだパンを囓る山本の肩にリボーンの手が「遅れた、悪い」という言葉と共に降りてくる。ビクンと肩を揺らす山本を覗き込むと、パンを噛みしめながら山本は目を見開いていた。
「どうした?」
「いや、ちょっと夢を見てた」
「そうか」
山本の肩に手を置いたまま、カウンター越しにエスプレッソとクロワッサンを注文する。持っていくよ、というジェスチャーに頷きを返して、山本に置いた手を軸にくるりと体の向きをかえて山本の横のストールに腰を下ろす。
「遅かったから、先に食べてる」
山本は未だ心ここにあらず、と言った風情で機械的に口を動かすから、リボーンは山本がちぎったパンを摘まみあげて食べると、「あ、俺の」とようやく山本の表情が動いた。
「あんまり記憶が無いんだけど、ちょっとあの時のことを思い出してしまった感じ」
「まぁ、気にするな」
跳ねっ返りの山本の髪の毛をあやすようにぽんぽんと撫でて、注文の品を届けたマスターにチップ込みのお代を払う。
「なぁ、あれってジプシー?」
飾り文字の踊る窓ガラス越しに見える噴水広場の集団を山本は視線で指し示す。「あぁ」と返事をしながらリボーンも彼らを見る。寒い中、シャツやニットを何枚も重ねてきている彼らは何かを唄って代価を得ていた。ドアが開閉するたびに切れ切れに届く旋律を山本は聞いたことがあった。
「クリスマスに関係する歌?」
「いや、――日本語では流浪の民、だ。合唱曲によく使われているから、聞いたことがあるんじゃないか?既に歌ひ疲れてや眠りを誘ふ夜の風 慣れし故郷を放たれて夢に楽土を求めたり」
山本の耳元で朗読するように日本語詞を呟くと、山本は疲弊した目元でせつなげにリボーンへと視線を移す。
「ナレシコキョウヲハナタレテユメニラクドヲモトメタリ。ここしか覚えて無かったけど、小僧が言って初めて漢字が判った」
ボンゴレを無くし、よすがの綱吉を失い、追われる身の自分達。
懸命に歌う彼らにその歌を重ねたのか、自分達の境遇を重ねたのか山本は肘をついて遠い目で彼らを見る。
「ドイツ語の原詩はもっとエロいけどな。たまにはメロウな気分もいいだろう」
「メロウってなに?」
「――ロマンティックって意味だ」
ボルサリーノの陰から山本を見上げてリボーンは嘯いた。ふうん、むかしメローイエローってジュースがあったなぁと呟く山本は、その言葉が嘘かどうかもわからないだろうし、どうでもいいことだった。アンニュイな風情の横顔を見ながらリボーンも訂正せずにエスプレッソを飲み干す。
「ちょっと、行ってくる」
山本は食事もそのままにロマとも呼ばれる彼らの元へと堂々と歩いて行った。山本のことだからありったけの小銭を入れてくるに違いない。その前後でスリに合わなきゃいいけどな、とリボーンは山本が残したパンを摘んでバルサミコ酢の海に、落とした。
「俺達は流浪の民になるわけにはいかないんだ。バカ武め」
そのつぶやきは窓ガラスを白く煙らせて、消えた。