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ワイルドベリーが香る頃に

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 臨也の部屋に咲く一輪の花は、難しい顔をしてティーポットとにらめっこしている。

 ポットの中で茶葉が踊る。上からそっとキルト地のティーコジーを被せ、帝人はほっと息をついた。傍らの砂時計をひっくり返したところで、向かいに座ってずっと自分を観察していたらしき臨也の存在に気づいた。一応この部屋の主なのに。
「いたんですか臨也さん、黙って何やってんですか」
「いたよずっと。何ってそりゃあ目の保養。初々しさが可愛いなと思って」
 にこりと笑って、彼は恥ずかしげもなく言う。
 帝人ははぁと物憂げなため息をついた。
「だから言ったじゃないですか、紅茶なんてちゃんと淹れた事ないって」
 帝人は不満げに頬を膨らませた。この手の褒め言葉に慣れているのではない、彼女は素で聞き流すのだ。それで懲りる臨也ではないので、やはり軽口を叩いては楽しく帝人を愛でている。
「こんなの、見てて楽しいんですか?」
「うん、とっても」
「……そうですか」

 帝人の食材の買い出しに付き合った臨也は、売り場でふと視界に入った紅茶の缶を手に取った。帝人は隣で、どのメーカーのインスタントコーヒーを購入するかで悩んでいる。「前にハズレだったのはどっちのメーカーだったっけ?ああもう、メモっとけばよかった!」と、二社のパッケージを両手に、それはもう人生の分岐点にでも遭遇したかの如く真剣に悩んでいる。
 高級ブランドの豆も、二束三文で安売りされる安いメーカーのインスタントも、臨也にとって大差はない。どっちも家で飲むコーヒー、その程度のくくりである。あえて価値を見出すとすれば、『帝人が自ら吟味して選んだコーヒー』とそれ以外、という一点に尽きる。
 正直自分に取ってはどうでもいい煩悶であろうとも、帝人の邪魔だけはしたくなかった臨也は、いつものノリで物申したい欲求から気を逸らすべく、周囲に視線を巡らせた。その時たまたま目に留まったのが、レトロな野苺をあしらった紅茶の缶であった。
 臨也は思いを巡らす。――帝人くんに似合うのはバラとかヒマワリとか派手な花じゃなくカスミ草とか名前も分からない野草みたいな花だよね。苺の花も小さくて素朴だし。うん帝人くんっぽい。そういや帝人くんこういう可愛い服は着ないかな着ないよね君の趣味じゃあ。でもポーチとか小物とかなら喜んでくれるかな。よし何か見繕ってみよう。
「やっぱり家でちゃんと、どこのコーヒーが美味しかったか確認してから出直します。……臨也さん?」
 いつもの読めない表情のその下で、可愛いカノジョに想いを馳せていた男のそれとは到底見えない綺麗な笑顔で、「あ、買わないんだ?」と臨也は言った。
「また今度。臨也さん紅茶飲むんですか?」
 お洒落な缶ですよねぇ、いいなぁ、と口元を綻ばせる帝人を見て、臨也はふと思いついた。
「普段はわざわざ買ってまで飲まないけど、たまには紅茶もいいよね。そうだ帝人くん、淹れてくれない?」
「え」
「俺、家で飲んだことないし」
 昔も今も取り立てて紅茶を欲してはいない。臨也は缶の内容物ではなく、その器である缶の模様を注視していただけなのだが。いろんな帝人を堪能するためならソツなく好機を利用する。いつもの臨也のやり口である。
「僕だって、全然美味しい淹れ方とか知らないですよ」
「帝人くんが淹れてくれたのが、飲みたいんだよ」
 ね、お願い、と臨也は小首をかしげてみせる。
「まずくても知らないですよ?」
 ぷいっとそっぽを向いた頬がほんのり赤い。帝人は紅茶の缶を受け取って買い物カゴに入れた。
 臨也には割とそっけない子だけれど、実は彼の「お願い」に弱い。元々頼られれば断れない性格を理解した上での、二重に卑怯なお願い作戦であった。
 買い物には付き合ってもらったが、そのまま寄り道せず帰るつもりだった帝人は結局、紅茶の缶を片手に臨也の部屋に寄っていく事になった。

 ネットで調べたレシピに従って、カップを温めていた湯を捨てると、ポットからティーコジーを取り払う。「ヤケドしないようにね」と気遣わしげな臨也にこくこく頷いて、帝人は持ち上げたポットを傾けた。
 とぽぽぽ、と茶褐色の液体が二人分のカップに注がれる。紅茶と、苺の甘い香りが立ち上って、辺りに広がった。
 フレーバーティーのいい香りに、双方顔が綻ぶ。
 慣れない手つきで一生懸命、ちまちまと紅茶を淹れる帝人の逐一可愛らしい仕草に臨也は和んでいだ。偏屈で悪趣味でねじ曲がった精神の持ち主である彼でも、根差す感性はマトモである。臨也は美味いお茶も可愛い帝人も好きなのだ。
「お待たせしました」
 おずおずと供されたカップを受け取って、二人で熱い紅茶をすする。
 沈黙が、落ちた。
「……うーん」
「なんというか、ええと、いいんです臨也さんハッキリ言ってください。微妙ですよね」
「お世辞にも、美味しいとは言えないねぇ」
 不味くはない。飲めなくはないが別段美味というわけでもない。手間を掛けた甲斐のない味である。底に茶葉が少し沈んでいるし色も薄い。臨也はお気に召さないだろうが、これなら市販のペットボトルの紅茶買った方がマシだな、と帝人は思った。

 およそこうなる事は予想済みの臨也は、ひっそりと口元をつり上げる。帝人はしょんぼりしているけれど、ネバーギブアップ、追い追い美味しく淹れられるようになればいいだけのことだ。
「これ、あとまだたっぷり飲めるくらいは残ってる。だからさ、帝人くん」
 缶を指先で掴んで、目の高さでゆらゆらと揺らして、臨也はにっこりと笑う。
「俺も、コツとか上手な淹れ方を調べておくから、またおいで」
「え、でもうちで練習してからの方が……」
「そのためにまた茶葉と道具買い揃えるわけ?もったいなくない?」
「う、うーん」
 紅茶を淹れよう、と思い立ったはいいものの、二人ともポットすら持っていない。「いいよ俺が言いだしたことだしね」と臨也が一式調達した。貧乏学生の帝人としても、できれば無駄遣いはしたくない。
 ことん、と缶がテーブルに置かれる音がした。と思ったら、広くはないテーブルを乗り出して、整った臨也の顔が間近にあった。帝人が目を丸くする、その隙に、チュッと口づけられた。
「ん、物足りない。もうちょっと上手く淹れられたら、しっかり苺の香りがするかもね」
「いいいいきなり何すんですか!」
「嫌?」
「い、嫌ってわけじゃ……」
「それはよかった。紅茶の腕、上達するまでうちにおいでよ。何度でもさ」
 思わず口元を手で覆ったものの嫌悪感は無さそうな帝人に、臨也はまた微笑む。熟れた苺みたいに赤い舌が、薄い唇をぺろりと舐めた。


 その後、それなりにお茶を淹れる腕が上達したのは喜ばしいのだが、一人で紅茶を飲んでいても何かが足りない。茶請け菓子か無いからかと、市販のクッキーやスコーンを用意しても駄目だった。
 他でもない、一緒にお茶を飲むひと、すなわち折原臨也が足りないのだ。
「僕、臨也さんにまんまとやられた……?!」
 気づいた頃には手遅れだ。思惑通り、とほくそ笑む臨也の憎たらしい笑い顔が浮かんで消えた。でも一番腹立たしいのは、臨也の家へお茶を飲みに行くのを楽しみに、いそいそと出かける支度をしている自分自身だ。手遅れにも程がある。




End.
作品名:ワイルドベリーが香る頃に 作家名:美緒