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花霞

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死体から刀を引き抜くとずるりと重い音がした。血に濡れ刃も毀れたその刀は俺の得物じゃない。誰かがこの男を突き刺し、そのまま手放した使い捨ての武器だ。
軽く目の高さに掲げ空(くう)を横へ祓う。ひゅっと風が殺される音がして、刃を彩っていた血糊が数滴飛ぶ。それは桜の花びらで彩られた地面に染みを作った。

ももいろの花びらと、赤黒い血痕。足元を見下ろして、靴の先で地面をつつく。動作を意味もなくしばらく続けてから、俺は地面からぐっと視線をあげた。

少し離れたところに随分と立派な桜の木がある。なるほど、あの木の花びらかと答えを得て、言い知れぬ魔力に引き寄せられるようにふらふらと、そちらへ歩きだしたところを後ろから声をかけられ歩みをとめた。

「総悟、それも大事な証拠品なんだからあんまりべたべた触ンじゃねェぞ」

低い声に窘められて、かたちだけへーいと返事をする。


冬の寒さも遠ざかると、やってきたのは息吹の春ではなく修羅の春だった。文字通り、今江戸の町は奇怪な連続辻斬り事件で厳重警戒が引かれている。
俺の足元近くに転がった死体は4人目の被害者だった。

早朝から現場検証に駆り出された。死体が転がっていると通報を受けてすぐのことだ。でも、俺の中の修羅は目を覚まさない。だってあたりまえだ、それこそ救急車並みの迅速さで駆け付けたって俺に言わせれば遅すぎる。

死体が生成されてからではなく、その前に現場を押さえなければ意味がない。これはシビアな基準じゃなくて江戸中の税金納めてる人も納めてない人までもみんなひっくるめた一般市民の皆さまの共通のハードル。現に、連日報道される真選組の無能さ特集に土方さんは煙草の消費量を倍にした。

「後ろから左胸を一突き。また同じ手口か」
「今回の被害者は攘夷派の中でも過激派寄りの一派に属する幹部クラスですね。指名手配にもなってる」
「手口は毎回同じだが、相変わらずターゲットに関連性はなし、か」
「そうですね。攘夷派浪士という点では一致していますが」

土方さんと山崎の会話を後ろに聞きながら俺は欠伸を噛み殺した。まだ手に持っていたままの証拠品を空に掲げてみる。何やってんだという呆れた声には超魔術と答えておいた。すかさず近づいた土方さんにぽかりと殴られる。

「今回も盗品か?」

俺の手から奪い取った刀を一瞥し、すぐに隣の山崎へ押しつける。早急に調べますと優等生な答えを残して山崎はさっと踵を返した。相変わらず苦い顔の土方さんの隣に並んで俺は桜の大樹を仰ぎ見る。ちっとも仕事をする気がおきない。それはいつものことだけれど今日はいつも以上に、という意味だ。

桜の木が春を伝えて俺の心を穏やかにする。修羅からうんと遠ざける。立ちこめる花の香りは、それこそ死体が流した血の匂いを上書きするくらい生命力に満ちている。

「はやく花見やんねーと桜ァ全部散っちまいやすぜ」
「バカ言え。花見なんかやってる場合か」
「別に良いじゃねーですか。つかむしろ、辻斬りさんは俺たちの仕事減らしてくれてるわけでしょ」

狙うは攘夷浪士のみ。だとしたら、手段も目的も違ったとしたって大きく見れば同士だ。敵の敵は味方というやつ。
このままの調子でどんどん辻斬ってくれればいい。そしたらこっちの仕事はだいぶ減る。もうそれで良いじゃないか。

「…おめェ顔に面倒くせェって書いてあンぞ」
「だって実際面倒ですから」

どうして辻斬り犯を見つけ出さねばならないのか俺にはいまいちわからない。いや、その辺は論理立てて土方さんがくどくど説明していた気もするが全然聞いていなかった。どうせ聞いたって俺には理解できないし。

「花見ぃー俺の酒がー」
「やっぱり目的はそっちか」
「おーにーよーめー」
「黙れ未成年」

ちいさな子へやるように、土方さんの骨ばった手は俺の髪をくしゃりと混ぜる。嫌いじゃない、その手を受けれ入れながら俺は風に散って舞う花びらを目で追った。空中で捕まえられたら願いが叶うんじゃなかったかしら。土方さんの懐かしい所作に引きずられるようにして俺は遠い記憶を掘り起こす。

「来年があんだろ」
「待てやせん」
「だからってお前、このまま真選組が無能呼ばわりされたままで上手い酒なんか飲めんのかよ」

そう言われると答えに困って宙を舞う花びらへと伸ばしかけていた手を止める。代わりに土方さんがすっと手を動かした。風に乗った花びらの自由を奪うように、あるいは空間を切り取る様に。
まさかまさか。
少しだけ期待して目を凝らす俺の目の前で土方さんは拳を開いて見せる。中には何も、ない。

「だっせェの」
「うるせェうるせェ」

恥ずかしい土方さんは、剣呑な瞳をして喫んでいた煙草を携帯灰皿でもみ消した。最後の煙がきつく香って、血の匂いと花の匂いと煙草の匂いと。みんな混じった風が静かに吹いて俺の呼吸を乱していく。せっかく綺麗な花の匂いに染まった風が汚されたような気がして胸が重くなる。そっと腕を上げて掌で心臓の上を探る。

「また上からどやされるぜ。近藤さんが話付けて来てくれりゃあ良いが、今回ばかりはウチの立場も厳しいかもな…」
「あれまァ弱気ですね、珍しい」
「弱気じゃねーよ。現実だっての」

苦く言って新しい煙草に手を伸ばす。事件が解決する頃には江戸中の煙草がこの人の肺に吸い込まれているかもしれない。いや冗談じゃなくて。

遠くから副長ーと呼ばれて過労死寸前な顔した土方さんが振り返える。立ち去る前にちらりと俺へ一瞥を寄越す。お小言も忘れない。

「お前もぼさっとしてねェで仕事手伝えよ」
「花見は?」
「辻斬り犯が捕まって、それでも桜が散ってなかったらな」

あと半月もしないで桜の木は桃色から緑色になってしまうだろう。その前に事件を解決しないと俺の鬼嫁は来年に流れてしまう。

不眠不休で四六時中目を光らせて、巡回を徹底的にやってそうしたら怪しい奴の一人や二人は見つけられるかもしれない。にわかにやる気になって俺は無意識に自分の得物をそろりと撫でる。

「仕方ねェ。働くかァ…」
「おう。バリバリ働けや」

もうとっくに背を向けたはずの土方さんが俺の小さな独り言を拾いあげて微かに笑った。風に乗って、良いことも悪いこともみんなあの人に筒抜けなのかもしれない。

ぼんやりと遠ざかる背中を見送っていたら、別の方向から今度は俺が沖田隊長と、部下に指名を受ける。おうと軽く返事をして、最後にもう一度桜の木を見上げて、青空を背景に立派に咲き誇る桜を瞳を眇めて視界に焼き付けた。諦めたわけでもなければもちろん弱気になったわけでもないけど、いくら俺一人が本気になったところでやっぱり旗の色は悪いような気がした。土方さんの言うとおり現実だ。

一際強い風が吹いて俺の背中を押す。花の香りに染まったこの風にのって、舞い散る花びらと一緒に俺の体も、死体や戦場や血の匂いやら、そういうものからは無縁の場所に運ばれていくみたいに錯覚する。

作品名:花霞 作家名:まや