片思いストライカー
いいって食えって。
そう言って自分に向けて微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、自分はこの人のことがやはり好きだなと思った。
微笑んだと言うのは実は嘘。単純な自分へ向けた苦笑だったけれど、それでも笑顔には変わりがない。
普段、自分へあまり向けられない表情にときめきを覚えずにはいられなかった。もっと見たい。もっと自分に向けて笑いかけて欲しい。そう思った。
投げかけられた厳しい言葉に一瞬、心が萎えかけた。でも、語られたサッカー選手としての言葉に触れて落ち込んで暗い気持だった自分の気持ちにひと筋の光が差し込む気がした。力強くなれる温かい言葉に単純な自分はすぐに勇気づけられる。
「負けねえっス!」
立ち去る背中に向かって思わずそう叫んだ。
好きです、と叫んだらどんな顔をしただろうか。照れてさらに苦笑を深めてしまうかもしれない。それとも、バカなことを言うなと怒られるかもしれない。
でも、いつか好きという思いを伝えたい。叶わない思いだけれど気持ちだけでも知って欲しい。
一体、いつから好きなのだろう。いつ好きになったのだろう。出会った時から好きでした、と言っても大げさではない気がした。
そして今は、好きと言う気持ちがあふれ出てしまってそれ以外の言葉が見つからない。
相手には恋人がいることを知っている。自分が恋愛対象になれないことを分かっている。
片思いで終わる恋であることは百も承知でいる。それでも構わない、と思っていた。
でも、どこかであきらめられない自分もいた。いつか振り向いて欲しい。
世良はこの日以来ずっとそんなことばかり考えるようになった。
また、同じように俺に笑いかけてくれないだろうか。話しかけてくれないだろうか。
世良はそう思いながらロッカールームのドアを開ける。
自分のロッカーの定位置に立つと隣にいる堺へ大きな声をかけた。
「おはようっス、堺さん」
「おはよう」
元気いっぱいに挨拶してもそっけない。世良を横目でちらりと見ただけで視線を元に戻した。
そのそっけなさもちょっといいよね、と自分を言い聞かせて世良はバッグをロッカーに放る。そして、隣の堺をこっそりと盗み見た。
堺はすでに練習着に着替え、世良の視線に気づくことなく私服をハンガーにかけていた。
もう少し早く来れば着替えが見られたな、と不埒なことを考えはっとする。
これまで、同性の体を見て興奮したり刺激的だ、と感じたりしたことは一度もない。男の着替えを喜んで見る趣味はなかったはずだ。
ほかの人間が着替えていようと素っ裸で立っていようと世良には全く興味はない。むしろ、見たくはない。前を隠せ。しまっておけ、と言いたくなるだろう。
しかし、相手が堺となると話は別だ。
女の子が笑いながら、これは別腹なのと言って食後にケーキを食べるのと似ているか。いや、似てない。食欲と性欲は似ているが違う。うまく言えないが違うはずだ。
「世良。何ぼーっとしてんだ」
口を開けてぼんやりしている世良を見て堺は怪訝な顔を浮かべている。世良は我に返って着替え始めた。
「なんでもないっス」
実は堺の着替えを妄想していた、とは口が裂けても言えない。
「お前、寝惚けているんじゃないだろうな」
「違うっス」
「もたもたしてないで早くしろよ」
「はい」
世良を置いて堺はロッカールームを後にした。俺が見られている場合じゃない、と世良はため息を吐きながらレガースを当てる。
もっと普通の会話をしたかった。もう少しだけ早くにロッカールームへ辿りついたら今よりましな会話ができただろうか。
明日はもっと早く寮を出ようと心に決めた。
世良はグランドへ出るとすぐに堺の姿を探す。
一人、黙々とランニングをする姿を見つけて追いかけようとすると赤崎に足止めを食らってしまった。
「ちょっと、世良さん」
「なんだよ。用事かよ」
「別メニューっスよ」
「あ、そうだった」
自分の足元を見て顔を曇らせた。まだ、試合中に負傷した傷は癒えていない。傍に近づくことも一緒に走ることもままならない自分が歯がゆく腹立たしかった。
赤崎は肩を落として落ち込む世良に憐れむような視線を向けた。
「世良さん。落ち込むと余計に小さく見えるぜ」
「うるさい」
赤崎に気にしていることを言われて余計に腹が立った。自分に向ける表情もむかつく後輩だ。
世良は、さらに何か言おうとしている赤崎を無視してトレーナーの方へ足を向けた。
グランドへ視線を置くと堺はいつの間に何人かの選手に囲まれて会話をしながら走っている。
その輪に加わりたい、と思ったが距離以上に心が離れているように思えた。気持ちばかりが募って近づけないことが切なかった。
(To be continued…)