木枯らしに抱かれて
side:巡音ルカ
「じゃあね、ルカ。昼休みになったら、いつものところで」
「はい、マスター。スカート曲がってますよ」
「え!?嘘!!」
「もう、ちゃんとしてください」
マスターのスカートを引っ張り、髪を撫で、ピンを止め直す。
「はい、これで大丈夫」
「はーい、じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
友人の元へと走り出すマスターを、手を振って見送った。
周りを見回せば、私のように、マスターとともに大学へ来たアンドロイド達が散見される。
彼も来てるかな。
もしかして、何処かで見ているかもしれないと、慌てて髪を手で梳かした。
周囲には、同じ型のVOCALOIDがちらほら見えるけれど、彼の姿はない。
ほっと息を吐いて、私は学生用の喫茶室へ向かった。
まだ時間が早い為、学生の姿は少ない。
コーヒーをトレイに乗せて、奥の席に座った。
わざと入口に背を向ける。もし、彼が来たら、どんな顔をしていいか分からないから。
しばらく、カップに注がれた薄いコーヒーを見つめていたら、
「ルカさん、おはよう」
バッと顔を上げると、彼がトレイを持って、私の隣に立っていた。
「あ、お、おはようございます、カイトさん」
「一緒にいい?」
「はい!どうぞ!」
「ありがとう。良かった、一人だと落ち着かなくて」
そう言って、カイトさんはトレイを置く。
左手の薬指に嵌められたリングが、日の光を反射して微かに光るのは、見なかったことにした。
「ルカさんのマスターは、最後まで?」
「ええ。マスターは嫌がってますけど、きっちり出させます」
「ふふ。ルカさんは厳しいね」
「えっ!そ、そんなこと……」
口ごもると、カイトさんは笑って、
「いや、そのほうがマスターの為だよ。僕も見習わないと」
「カイトさんは」
カイトさんは、優しすぎるから。
そんな言葉が出かかって、結局飲み込む。
優しいから、私にも会ってくれる。
でも、マスターは裏切れない。
左手の指輪が、その証。
「どうしたの?」
「え、いえ、あの、か、カイトさんのマスターって、凄く綺麗な人なんでしょう?」
「うん?マスターを知ってるの?」
「あ、直接会ったことは。私のマスターが、見かけたことがあるって。学内でも、有名だからって」
「そう。目立つからね、うちのマスター」
「あ、ああ、そうなんですねー。でも、カイトさんと仲いいんでしょう?」
うっかり口を滑らせてしまった。
カイトさんは、首を傾げ、
「どうして?」
「え、あの……ゆ、指輪……してる、から」
無理矢理意識の外に押しやっていた光が、まっすぐにこちらを射抜く。
「ああ……これか」
カイトさんは、自分の指を見下ろすと、いきなりリングを抜き取った。
そのまま、胸ポケットに落とし込む。
「え、あの、カイトさん?」
「今だけ。マスターには内緒だよ?」
唇に人差し指を当て、カイトさんは困ったように微笑んだ。
「ごめん、これが精一杯」
!!
「あ、あの、えっと……はい」
耳まで熱くなって、顔を俯ける。
もしかしたら、カイトさんも私と同じ気持ちなのだろうか。
そんなことは、あり得ないような気もするけれど。
「いいです……今は、それだけで」
昼休みを告げるチャイムが鳴り、周りにいた学生やアンドロイド達も、ざわざわと動き始めた。
「行こうか」
「はい」
トレイを返し、喫茶室を出る。
「じゃあ、またね」
「はい。また今度」
背を向けた後、そっと後ろを振り返った。
後ろ姿のカイトさんが、胸ポケットに手をやるのが見える。
……見なければ良かった。
泣きたいのをぐっと堪えて、マスターとの待ち合わせ場所へ向かった。
終わり