夢の中でも
秋の景色は、どこか物悲しいような褪せた色とそれでも静かに時間の過ぎるのを待っているような、不思議な魅力があると思う。
電車に揺られながら、そんな窓の外に視線を送っていたのだが、時折話し掛けてくる向かい合わせの席に座る人物からの声が、そういえばなくなっていたことに気が付いた。
つい先ほどまで取り留めもない話題をふっては、笑っていたというのに。
窓の枠に腕を置いて頬杖を付いていたのを外して視線を前に戻す。
すると、
「……シュミット? 寝てしまったんですか?」
声をかけても返事は返らず、ゆらゆらと黒い前髪が揺れた。
かくりと首が垂れて、電車の揺れるのに合わせて上下する。
閉じた瞼が長い睫毛をくっきりと見せて、ひとによっては高飛車だの居丈高だのととられてしまう自信に満ちた紫の瞳は、今は隠されている。
昨日の夜も、なんだかんだと遅くまで起きていた。
熟睡できていないのだから、うたた寝だってしたくなるだろう。
しばらくぼんやりと眺めていたのだが、真正面の席に座るシュミットがあまりにもぐらぐらと揺れて、今にも倒れてしまいそうで、一瞬だけ考えたのち、エーリッヒは向かい合わせの席
を移った。
肩の触れ合う距離で、隣にすとんと腰をおろす。
腕が触れてもシュミットは起きない。
本当に、夢の中らしい。
「シュミット?」
試しに呼び掛けてみると、夢現つのまま、口の中で何やらもごもごと呟いた。
「……リ…ヒ、」
途切れ途切れの言葉の欠けらではあったが、こんな状態でもどうやらエーリッヒのことは認識してくれているらしい。
嬉しくなって微笑んでいると、ゆらりと電車が大きく揺れた。
「……っ、と、」
その拍子にシュミットの体もくらりと揺れて、さら、と肩に黒い髪が着地する。
そのままもたれかかる姿勢で定まってしまったシュミットの頭の位置に、エーリッヒはくすりと笑った。
確信犯でも狙ってでもない、こういう甘えられ方は珍しい。
だったらもっと甘やかして、頭でも撫でてみればいいだろうか?
「……シュミット、どうしてほしいですか?」
むにゃむにゃと夢心地のシュミットからは、当然返事など聞かれようはずもないが、
「…………エー、……ヒ」
ふにゃりと柔らかく、シュミットが笑った。
シュミットの夢の中でもきっと、自分は彼を甘やかしているのだろう。
だったらいっそ、自分も一緒に夢の中、というのもいいかもしれない。
笑って、自分もシュミットの頭にもたれかかる。
目を閉じると、肩に伝わるシュミットの温もりになんだかとても嬉しくなった。
「………おやすみなさい、シュミット」
2010.11.6