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山の中にぽつんとある公園に阿部と栄口はいた。
夜は人気が無いし、何よりそこから眺める夜景はちょっと感動的だと最初に見つけた田島と三橋が力説していたので、そんなに言うならと足を延ばしてみたのだ。
夏に比べて早めに練習が終わる分二人で過ごす時間は増え、本屋を覗いたり別れ際に立ち話をしたり時には互いの家にお邪魔する事もあったけれど、いつものルートを大きく外れる事は無い。
それは自分達の関係に似ているな、と栄口は思っていた。
自転車を押しながら公園に入ると、崖の手前に小さな見晴らし台が設置されていた。
「あ、あれじゃない?」
目的の遊具を見つけ俄然テンションが上がった様子の栄口が駆け出すと、置いて行かれる形となった阿部が大きく声を掛ける。
「おい! 転ぶんじゃねーぞ!」
「おー! 阿部も早く来いよー!」
自転車を停めた栄口が手を振って応える。
「子供みてー」
栄口と一緒にいるだけで笑いがこみ上げてくる。
その笑顔が自分だけに向けられている時間が心の拠り所だという事を、自覚し始めたのはいつからだろうと阿部は自問した。
螺旋階段を昇りきり、大人四人入るのが精一杯のスペースに阿部が足を踏み入れても、栄口は振り返りもせず眼下に広がる街並みを見つめていた。
左右から覆い被さる木々のアーチの中に、無数の光。アクセントに、真っ直ぐ延びる高速道路。
男二人で何をロマンチックな、と阿部が苦笑しながらしばらくそのまま眺めていると、目の前の栄口の体が小さく震えた。
「冷えてきちゃった。ブルゾン取って来ようかな」
そう大げさに自分の体をさすりながら振り向いた栄口の体を回転させて、再び夜景の方へ向かせる。
阿部が触れた途端固まったまま微動だにしない栄口を、黙って背中から抱きしめた。
阿部が、ルートを外れていく。
何も言わず表情すら見えない阿部は、今何を思っているのか。
分け与えられた阿部の体温で緊張が解され始めた栄口は、背中から伝わる温もりだけで阿部の思考を読み取れたらいいのに、と俯く。
目の前で組まれている、栄口より少し大きい手の上から自分の両手を重ねてみると背後から大きく溜息が漏れた。
耳に阿部の硬くて短い髪の毛が当たるのと同時に、首筋に冷たくて柔らかい感触を感じる。
少しずつ場所を変えながら何度も押しつけられ、くすぐったさと脳が痺れるような感覚に栄口が小さく身じろぐと、抱きしめる阿部の腕の力が強くなった。
さっき感じた寒さが嘘であるかのように、二人の体はどんどん熱くなっていく。
息も、大分荒くなってきた。
ダメだ。
戻れなくなってしまう前に阿部を止めなくちゃ、と栄口は阿部の腕の中から無理矢理振り向いた。
「……阿部、どうかした?」
夢中になっていた行為を急に中断され、どこか惚けた顔をしている阿部を栄口はじっと見つめる。
「どうかって……別に。こういう事、した方がいいのかと思って」
「はあ!?」
「うっ……るせーなー。至近距離でデケー声出すんじゃねーよ!」
栄口に耳元で叫ばれて我に返った阿部は、言葉とは裏腹に今度は正面から栄口を抱きしめる。
「ちょ……阿部!」
「付き合ってるんじゃねーの? オレ達。少しぐらいスキンシップがあっても良くね?」
ほんの少しだけ高い位置から栄口の顔をのぞき込み、口元を引き上げて笑った阿部は、呆気に取られている栄口に唇を寄せた。
「だ……誰が付き合うって言ったよ!」
「へー、それにしちゃー随分思わせぶりな態度だな。OKって事なんだと思ったんだけど」
阿部はそう言いながら、垂れ下がったままの栄口の腕を取り、手を絡める。
「自分から手握ってきたくせによ」
「あれは! 阿部の手が冷たそうだなと思って……」
真っ赤な顔で下を向き、口ごもる栄口の額に阿部は小さく口付ける。
勢い良く顔を上げた栄口の表情を見て小さく笑い、そろそろ行かねーと風邪ひくぞ、と繋いだ手はそのままで阿部は階段を降りた。